【伊九型潜水艦】(巡潜甲型)

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基準排水量2,434t
水中排水量4,150t
一番艦竣工日伊号第九潜水艦
昭和16年/1941年2月13日
同型艦3隻
全 長113.70m
最大幅9.55m
主 機艦本式2号甲10型ディーゼル 2基2軸
最大速度水上 23.5ノット
水中 8.0ノット
航続距離水上 16ノット:16,000海里
水中 3ノット:90海里
馬 力水上 12,400馬力
水中 2,400馬力

装 備 一 覧

備 砲40口径14cm連装砲 1基2門
25mm連装機銃 2基4挺
魚雷/その他兵装艦首:53cm魚雷発射管 6門
搭載魚雷 18本
九三式探信儀 1基
九三式水中聴音機 1基
航空兵装水上機 1機
呉式1号4型射出機 1基
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巡潜最大の甲型は、目的と正反対の任務で名を遺す

1936年に日本は「ロンドン海軍軍縮条約」から脱退。
これにより日本の建造制限時代は終わりを告げ、「大和型戦艦」をはじめ、「翔鶴型航空母艦」「甲型駆逐艦」と次々に太平洋戦争の代表格ともいえる艦艇の設計、建造が始まりました。
そして潜水艦も、「巡潜三型」で抑えていた排水量の上限がなくなったため、真の巡洋潜水艦の設計がスタートしました。

現実的な軍事拡大を進める日本にとって、艦隊決戦前の襲撃の柱にしたい潜水艦の増備は欠かせません。
より大型の、巡洋潜水艦の完成形として海軍が目指したのは、司令部搭載、水上機搭載、長航続距離、水上速度の高速化、端的に言えば何でもこなせる強力・万能潜水艦でした(魚雷は2本だけ減ってます)。
排水量は2,400tを超え、それでいて速度は0.5ノット向上した水上23.5ノット、航続距離も2,000海里伸びて、着実に前型よりも進化しています。
これを支えるディーゼルも2号10型の高出力ディーゼルへ更新されていて、全長113mは「潜特型 伊四百型潜水艦」に次いで日本2位の長さになります。

「巡潜甲型」はあくまで潜水戦隊の旗艦ですから、大量建造は計画されていません。
戦前の建造計画では、昭和12年/1937年の「マル3計画」で2隻、昭和14年/1939年の「マル4計画」で1隻と、数はたった3隻です。
しかし潜水戦隊の旗艦が3隻ということは、それらが指揮する潜水艦はそれ以上の数が当然必要になります。
司令部関連の施設を除いた「乙型」が7隻、次いで15隻、さらに航空兵装を除いて魚雷を20本に増やした「丙型」が5隻計画されています。
「丙型」「乙型」分の水上機とパイロットの準備が間に合わないことから誕生したものですが、「マル3・マル4計画」では潜水艦は計30隻の建造が必要と判断されたのです。

「マル4計画」分の【伊11】は開戦に間に合いませんでしたが、【伊9】「真珠湾攻撃」でオワフ島哨戒任務を、【伊10】は南方のサモア諸島近海の哨戒任務に就いています。
さぁここから潜水艦隊が連合軍を次々と撃破して、敵艦隊を引きずり出してやる、というのが日本の思惑だったのですが、【赤城】ら機動部隊の大活躍に象徴されるように、戦いは制海権の奪い合いから、制空権を奪ってその結果制海権も奪うという、航空戦力の戦いに様変わりしていきました。
おかげで敵も味方も艦隊規模では大きな活動はなく、各戦隊同士の戦いが続きました。

潜水戦隊も偵察ばっかりで敵艦隊を襲撃する機会はほとんどなく、やがて司令部搭載の旗艦だった「甲型」は通商破壊作戦という意図せぬ作戦に従事するようになっていきます。
なんて勿体ない、こんな設備も充実した大型潜水艦を輸送船撃沈のために使うなんて。
そんな思いもあったでしょうが、やがてこの任務が日本の生命線を守るための最重要任務になるとは、当時は夢にも思わなかったでしょう。

「ガダルカナル島の戦い」で数多の輸送船が連日沈んでいき、またその補填に駆逐艦や潜水艦を使うという苦肉の策を採る海軍にとって、憎むべきは奪取されたヘンダーソン飛行場でした。
海軍が軽視した通商破壊作戦、かつてその作戦でドイツがどれだけイギリスを苦しめたか、そしてその苦しめた潜水艦を範とした日本が、空襲メインですが通商破壊によって第二の甚大な敗北を喫したのです。

ここからは甲乙丙関係なく、とにかく偵察・輸送・通商破壊と、敵艦隊を攻撃する余裕すらなくなりました。
「マル追計画」で追加建造予定だった【伊12】も時間短縮のため構造が簡略化され、【伊13】「改マル5計画」【伊14】と共に「伊十三型潜水艦」として特殊化されます。
結局「巡潜甲型」「改」【伊12】合わせてたった4隻しか誕生しませんでした。

しかし当初の思惑通りの活躍はできなかったとはいえ、特に【伊10】は偉大な記録を持っています。
【伊10】が沈没したのは昭和19年/1944年7月4日。
生涯の【伊10】の撃沈数は14隻、攻撃用艦船は1隻もいませんが、堂々の日本潜水艦撃沈数トップを誇っています。
また総撃沈トン数も81,553tに上り、これも同じく海軍トップの戦果です。
惜しむらくはこの戦術変更が遅かったこと、また対潜装備が連合軍側に着実に浸透していたことで、【伊10】の最期は護衛駆逐艦による爆雷でした。
連合軍の輸送船団はとにかく護衛を含めて非常に豪華で、ソナーの備わった護衛駆逐艦、対潜哨戒機の網を潜り抜けるのは至難の業だったのです。

ちなみにアメリカ潜水艦の撃沈数、撃沈トン数は夢を見たいなら調べないほうがいいです。

同 型 艦

伊号第九潜水艦伊号第十潜水艦伊号第十一潜水艦