練習艦

その他の艦船

朝日【工作艦】

工作艦【朝日】 起工日 明治30年/1897年8月18日 進水日 明治32年/1899年3月13日 竣工日 明治33年/1900年7月31日 退役日(沈没) 昭和17年/1...
軽巡洋艦

香椎【香取型練習巡洋艦 三番艦】

三番艦【香椎】は、姉二人と比べると1年以上遅く竣工し、開戦まであと半年を切った中での登場でした。 当然練習航海に出ることもなく、【香椎】は竣工早々南遣艦隊の旗艦に就任します。 まもなく旗艦の座は【鳥海】へと移り、南遣艦隊は開戦時には重巡から水上機母艦、工作艦などが入り乱れる艦隊となりますが、【香椎】はその中で船団護衛を主に任されます。
軽巡洋艦

鹿島【香取型練習巡洋艦 二番艦】

「香取型練習巡洋艦」の二番艦【鹿島】は、【香取】竣工からおよそ1ヶ月後に竣工し、この2隻はそろって練習航海に出発しています。 しかしその航海が途中で中断されたことは、【香取】の項でも述べたとおりです。 求められた役割を果たすには、時期が悪すぎました。 【香取】は潜水艦統率の第六艦隊旗艦となりますが、【鹿島】は戦闘部隊ではなく、海防部隊である第四艦隊の旗艦に任命されます。
軽巡洋艦

香取【香取型練習巡洋艦 一番艦】

日本でも海外でも、訓練用に使われた船は、前線を退いて旧式となったものが大半でした。 当時の日本の練習艦は元の【出雲型装甲巡洋艦 出雲・磐手】らでしたが、しかし艦齢は35年を超えるほどの老朽艦でした。 軍艦の性能も格段に向上し、日露戦争時代の軍艦が練習艦ではさすがに荷が重くなりはじめると、日本は新しい練習艦の手配に乗り出します。
軽巡洋艦

大井【球磨型軽巡洋艦 四番艦】

【北上】と同じく、【大井】も軽巡から『重雷装艦』へ改装されています。 【大井】は「球磨型」の中で唯一技本(海軍技術本部の略)と川崎が共同開発した、ブラウン・カーチス式タービンを採用しました。 しかしこれが大失敗。 川崎はこの一件で技本を全くあてにしなくなります。 このような竣工当初からの不具合に悩まされた【大井】は、艦隊に所属されるのではなく「練習艦」として時を過ごします。
戦 艦

山城【扶桑型戦艦 二番艦】

「扶桑型戦艦」一番艦【扶桑】が竣工した時、予算の関係で着工がかなり遅れた【山城】はようやく進水したところでした。 しかし欠陥だらけの【扶桑】に浴びせられた罵詈雑言は、やがて建造途中の【山城】にも向けられることになります。 同じ設計図で建造されているのですから当然でしょう、「欠陥戦艦が二隻もあってどうするつもりだ」という心境になるのも無理はありません。
戦 艦

比叡【金剛型戦艦 二番艦】

イギリスのヴィッカース社で建造されている【金剛】から遅れて10ヶ月、現地へ派遣した技術者の経験と調達した図面から、いよいよ国産の超弩級戦艦の建造の準備が始まりました。 といっても、実は材料の大半はヴィッカース社へ注文しており、純国産、とは言いづらい建造過程です。 「仮称卯号装甲巡洋艦」という名称で【比叡】の建造はスタート。
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