雲龍型

航空母艦

葛城【雲龍型航空母艦 三番艦】

「ミッドウェー海戦」で歴史的大敗を喫し、4隻の空母を失った帝国海軍は、【翔鶴・瑞鶴】ほどではなくとも、【飛龍】なみの空母の量産が必要だと判断し、「雲龍型」の建造に移ります。 【葛城】はその三番艦として、【雲龍】より4ヶ月遅れて起工されました。 【葛城】は、先に起工している【雲龍・天城】に比べて少し変更箇所がありました。 建造中に本来搭載するはずの機関の製造が間に合わず、仕方なく「陽炎型」で採用されていた機関に変更しました。
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天城【雲龍型航空母艦 二番艦】

日本は太平洋戦争開戦から半年後の「ミッドウェー海戦」によって、日本の快進撃の原動力となった空母4隻を唐突に失います。 その影響は瞬く間に戦線に表れ、連戦連勝の帝国海軍の姿はそこにはありませんでした。 手を緩めることのないアメリカに対抗すべく、日本は【飛龍】をもとにして「雲龍型航空母艦」の大量生産に踏み切ります。 【天城】はその二番艦でした。
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雲龍【雲龍型航空母艦 一番艦】

太平洋戦争が開戦し、予想外の快進撃を続けていた日本ですが、その勢いは「ミッドウェー海戦」で衰えてしまいます。 世界最強の機動部隊を支えた空母6隻のうち、4隻が一夜にして沈没。悪夢でした。 アメリカはすでに最新鋭の戦艦や空母の大量建造を宣言しており、日本は窮地に立たされていました。 近々運用される「米エセックス級航空母艦」に対向するため、また取り急ぎ、この4隻の穴埋めをしなければならないということで、計画・建造されたのがこの「雲龍型」です。
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飛龍【航空母艦】

「ワシントン海軍軍縮条約」によって、【赤城】と【加賀】が戦艦から空母へと改造されてからおよそ7年。 日本には当時、上記の2隻の他に【鳳翔】と【龍驤】の計4隻が在籍していました。 条約で決められた保有制限の81,000tからこの4隻の総基準排水量を差し引くと12,630t。 そのうちの【鳳翔】は艦齢が16年に迫っており、廃艦を予定していました。
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