戦闘車両の区別

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1.戦車と自走砲は、どう違うの?
2.戦車の役割について
3.自走砲の役割について
4.最大の戦車・自走砲
5.突撃砲、駆逐戦車について
6.砲戦車について

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戦車と自走砲は、どう違うの?

(この項目は基本的に第二次世界大戦、太平洋戦争終結までの性能、役割として記載しております)

この疑問、陸軍兵器を知っていく上で必ず直面する問題です。

船の場合、駆逐艦・軽巡・重巡・戦艦の違いは、大雑把に言うと排水量と搭載主砲の口径の違いが判断基準です。
だから例えば「最上型」は、主砲が15.5cm三連装砲だった時は軽巡洋艦ですし、20.3cm連装砲に換装した後は重巡洋艦になります。
また、「高雄型・最上型」は改装後は排水量が12,000t以上になってまして、実はこれは重巡の基準である、

「6.1インチを超え8インチ以下の艦砲を搭載する10,000トン以下の巡洋艦」


という基準を無視していますので、基準通りだと「高雄型・最上型」は排水量の観点から「戦艦」に分類されてもおかしくありません。

ただ、これらは全て「ロンドン海軍軍縮条約」に則った場合、という但し書きが必要となります。
条約失効後は日本だけでなくアメリカも排水量17,000tという「デモイン級重巡洋艦」を建造しています。
結局はこの基準はあくまで条約の中のもので、世界共通認識ではないのです。
ですので、アメリカも「デモイン級軽巡洋艦」と名乗っても、条約失効後ならどこからもケチはつきません。

しかし、戦車や自走砲、少なくともこの2種類については兵器としては世界共通認識と言ってもいい基準が存在します(所属については後述)。

では戦車と自走砲の写真を並べてみます。

10式戦車(陸上自衛隊)99式自走155mmりゅう弾砲(陸上自衛隊)

どちらももちろん砲撃ができます。
しかしその撃てる方角が違うのが最大の特徴です。

戦車と自走砲の最大の違いは、この砲が果たして進行方向以外に撃てるか否か、です。
「10式戦車」は車体の上半分が砲塔になります。
砲塔とは射撃に際して旋回が可能な装置のことで、戦車の場合、基本的には360度回すことが可能です。
当然前進中に側面から敵が現れた場合は、砲塔を旋回させて応戦します。

一方自走砲には、この砲塔というものが存在しません。
自走砲にあるのは砲身だけ、車体に砲身がセットされていて、そこから砲撃をするのです。
ですから、自走砲は前進中に側面から敵が現れた場合は、車体全体を敵側に向けなければ攻撃ができないのです。

つまり、一般的には砲塔を持つものが「戦車」であり、砲塔を持たないものが「自走砲」となります。
ただし後述しますが、砲塔を持たない戦車、砲塔を持つ自走砲というものも一部存在します。

他にも戦車の定義としては、全面装甲があることや、履帯を履いていることなどがありますが、砲塔の有無に比べると基準としては弱いと思います。
また、世界共通認識があるとは言ったものの、保有国・保有者がそれを戦車だと言い切ればそれを否定することもできないので、曖昧な部分はとことん曖昧でもあります。

定義の国際条約等があるわけではないので、共通認識の域を出ることはありません。

戦車の役割について

戦車のターゲットは、主に戦車や車両と塹壕です。
対戦車ということは、敵は陸上の、しかもおおよそ同じ目線の高さに存在します。
戦車は自走砲に比べると圧倒的に仰俯角が狭いのですが、それはもともと仰俯角をあまり必要としないからです。
敵戦車がどこから現れるかは分からないが、現れた場合は高確率で水平の高さにいるという考え方です。
ターゲットの関係上、戦車は部隊の最前列に当たる歩兵部隊とともに行動して戦います。
戦車は歩兵直協車両という役割を持ち、歩兵に随伴し、歩兵の進軍を妨げる敵陣や戦車を蹴散らすのが主な役割です。
なので戦車は歩兵部隊もしくは独立した戦車部隊所属の戦闘車両です。

塹壕は土を掘って固めたレベルから要塞レベルまで様々ですが、これを人力で突破するのは容易ではありません。
それを戦車の装甲破壊を目的としている強力な徹甲弾で、数km数百mの近距離からぶち抜く。
しかも戦車の装甲は並大抵の火力では抜けません。
バリケードなども突破できるため、塹壕戦の際には戦車を盾にして敵兵の攻撃を防ぎ、徹甲弾で塹壕やその奥の施設を破壊していくのです。

つまり戦車は、近距離で斧を振り回して敵の鎧や陣地を破壊するような役割です。

しかし、いかに戦車が強力であったとしても、戦車単独で歩兵と相対するのはできる限り避けなければなりません。
戦車のターゲットは敵陣ではありますが、1人1人の歩兵ではありませんから、歩兵が散開して戦車に襲いかかると戦車は為す術がありません。
また対戦車砲などの武器が揃うようになると、歩兵・砲兵で十分戦車を破壊できるようになりました。

第二次世界大戦のドイツの超有名人であるハインツ・グデーリアンは、歩兵支援の戦車を主役に抜擢させた第一人者です。
「電撃戦」と呼ばれるものを生み出したのは彼で、この「電撃戦」とは、戦車を集中投入して敵陣に一気に攻め込み、その後ろから歩兵が戦車を守り、また戦車の進軍を支援するというものでした。
戦車は当時でも見かけによらず速度が出ますので、歩兵はトラックなどで戦車についていき、攻撃の際はトラックから降りて戦車についていくのです。
ですから移動も突破も迅速になり、これまでのように戦車が歩兵に合わせていた時とは比べ物になりません。
それこそ電撃のような速さで敵に襲いかかったのです。

敵に息つく暇を与えずに一気に叩き潰す。
これこそが「電撃戦」最大の目的で、ダラダラ戦うと被害が蓄積していくという第一次世界大戦の悪しき戦訓を繰り返さないための手段でした。
そのためには、戦車は当たり前、輸送用トラックなどの各軍用車両、そして強大な威力を持つ野砲の自走化という、陸軍部隊の総機械化という大きな壁があります。
しかしそれをやってのけたのが技術大国のドイツだったわけです。

もちろん戦車が歩兵を置き去りにして突撃すると自身が危険に晒されますので、戦車と歩兵の組織的行動が求められました。
戦車が単独で動けば敵歩兵の脅威がつきまといますが、戦車を狙う敵歩兵の掃討は味方歩兵の仕事です。
戦車が歩兵を守る→歩兵が戦車を守る、という逆転の発想をグデーリアンは提唱しました。

ちなみに電撃戦とは何も戦車と歩兵だけの関係ではなく、「空地共同」と言って、航空機も陸軍の進軍支援を積極的に行うことで、より陸軍の進軍がスムーズになったのです。
このグデーリアンの電撃戦理論が、後述する「突撃砲」誕生にもつながります。

自走砲の役割について

一方自走砲は、パーティーの前線に出るのではなく、後ろから弓矢などで敵の陣地に攻撃を仕掛けるタイプです。
「99式」のように、自走砲の砲弾は徹甲弾ではなく榴弾が多いです(迫撃砲や対空砲など種類は様々です)。
榴弾とは信管がそれぞれのタイミング(着弾と同時なのが最も一般的ですが、こちらも種類は様々です)で爆発する、いわゆる爆弾です。
ちなみに徹甲弾とは言い換えれば貫通弾で、榴弾ではダメージを与えることができない防御力を持つものに対して使われます。
さらに徹甲榴弾というものも存在し、これは貫いた後に中で爆発するタイプです。

話が脱線しましたが、自走砲の当初の役割は敵戦車の破壊ではなく、大きな仰角を活かして遠方の敵陣地へ砲弾を撃ち込むことです。
これはまだ自動車が発明されていない頃、馬や歩兵とともに、大砲を荷台などに載せて運び、それによって敵を脅かしたことと同じです。
つまり自走砲とは、この時の荷台と大砲をくっつけたものと思えばいいでしょう。
荷台には装甲なんて存在しないことと同様、この自走砲も敵戦車と対面してどんどん撃つような役割ではないため、装甲と言われるものはほとんどありません。

あくまで自走砲は『砲』であり、数え方は輌ではなく『門』と言われることもあります。
なので自走砲は砲兵部隊の兵器になります。
逆に言えば、車に砲が乗りさえすれば基本的には自走砲です。
自走砲トラックなんてものも実際に存在します。

自走砲のターゲットは遠方のため、とにかく長距離砲、そして高威力(大口径)であることが求められます。
停止して安全な場所からの砲撃ですから、速度はそれほど必要としませんし、装甲は上記のとおりです。

自走砲は強力な攻撃力を持って入るものの、結局役割は突入前の「支援」なのです。
実際に敵と相まみえる前に遠方から敵陣に砲弾を降らせるのが、自走砲の役割です

また、「対戦車自走砲」と言うものも存在しますが、これは対戦車砲を搭載した自走砲を指します。
砲弾は榴弾ではなく徹甲弾になりますが、それ以外は自走砲そのものですので、敵戦車から攻撃を受ければひとたまりもありません。

最大の戦車・自走砲

ここまで「戦車」と「自走砲」について説明してきました。
続いて「突撃砲」や「駆逐戦車」などについて紹介をしようと思いますが、その前に最大の戦車、自走砲を少し紹介したいと思います。

まず戦車ですが、戦車は敵が戦車なので、敵が強くなれば自分ももっと強くなるしかありません。
この戦車の開発競争が激化していたのが第二次世界大戦です。
様々な戦車がこの数年で誕生しましたが、史上最大の戦車として登場したのが、ドイツの【超重戦車マウス】です。

(クビンカ戦車博物館に保存されているマウス)

重量約188t、全高3.6m、搭載砲口径12.8cm。
他国の超重戦車でも100tを超えるものはなく、また全高もせいぜい3m、口径も100mmを越えておらず、実践に投入されれば間違いなく世界最大最強の戦車でした。
しかし試作されたのは2両のみで、完成後も問題だらけ、また敗戦間近であったこともあり、1944年11月に開発は中止されています。

実践に登場した最大の超重戦車は、またもドイツですが、【ヤークトティーガー】が75tとなっています。

(イギリスの戦車博物館に保存されているヤークトティーガー)

【ヤークトティーガー】はすでに実践で活躍していた【ティーガーⅡ】の搭載砲を、マウスと同じ12.8cm口径のものにするために改造された車体です。
こちらも実践に投入された数はあまり多くはないのですが、威力と防御力は申し分なく、建物の裏に隠れるアメリカの【M4中戦車 シャーマン】を破壊した記録もあります。
戦争中のありとあらゆる敵戦車の装甲を突破することが可能でした。
船でいうところの駆逐艦クラスの砲弾を放つ恐ろしい存在です。

【ヤークトティーガー】は戦車ですが、こちらは砲塔を持たない例外的な戦車です。
分類としては後述する「駆逐戦車」に当たります。

この砲塔を持たない超重戦車というのはとても厄介で、砲を敵に向けようにも、車体が重すぎて対応が遅れるという大きな欠点がありました。
さらに【ヤークトティーガー】は故障が頻発し、燃費も劣悪で、最大ではあるものの大戦後期のドイツ軍を救うことはできませんでした。

続いて自走砲ですが、これは自走砲に「自走臼砲」を含めるかどうかで変わってきます。
あくまで自走砲限定の場合は、最大の自走砲はソ連の【2S7ピオン
203mm自走カノン砲】
がそれにあたります。

【2S7ピオン】は1967年に開発が始まり、榴弾射程が37.5km、ロケット推進弾だと50km以上の射程があるというとんでもない代物です。
戦後産ということもあり、使える砲弾の種類も多彩で、装甲は10mmと薄いものの速度もこの長砲身ながら最大50km/hが出せます。

自走臼砲も含めると、この【2S7ピオン】を大きく突き放す存在が現れます。
ドイツ軍の【カール】です。

(クビンカ戦車博物館に保存されているカール「アダム」)

臼砲とは砲弾の形ではなく砲身の形を捉えたものであり、写真で見れば分かる通り、【2S7ピオン】とは正反対で、ものすごく短い砲身です。
初速が遅い反面、特に大型の砲弾を発射することに向いている臼砲を用いた【カール】の砲身口径は54cmないし60cm。

ただ、時速たったの10km、長距離移動の際は列車を用意する必要があり、悪路で使うなんてもってのほか、1発発射するために10分を要し、射程は最大でも10km、一番短いものでは4kmちょっとと、見かけは末恐ろしい兵器ではありますが、弱点の塊でもありました。
特に射程4kmという数字は、戦車にもう少し接近されてしまうとたちまち砲撃を受ける距離です。
そのため、この【カール】もまた、存在感こそあったものの、活躍したかと言われると否と答えざるを得ません。

突撃砲・駆逐戦車について

「戦車」と「自走砲」の違いは説明しましたが、他にもよく聞く言葉として、「突撃砲」や「駆逐戦車」というものもあります。
しかしこれらは独立したカテゴリとして扱うことは難しく、「戦車」の中の『駆逐戦車』、「自走砲」の中の『突撃砲』、というサブカテゴリ扱いになると思います。
更にややこしいことに、この2つは違いがほとんどどありません。

まず「突撃砲」ですが、実はドイツが独自に確立させた新しい自走砲の在り方です。

戦車は前述の通り歩兵部隊と共に行動し、歩兵の進軍を妨げる敵陣や戦車を蹴散らすのが主な役割でした。
しかしグデーリアンの電撃戦理論によって、戦車は集中的に投入して一気に敵陣を破壊し、歩兵が戦車を守るという逆転の発想が生まれます。
そしてその影響で戦車科は歩兵部隊の前で戦うことになり、歩兵部隊にはもともとの役割を持った戦車が消えてしまったのです。

いくら電撃戦と言えども万能ではありません。
歩兵の中にいた戦車がいなくなっても、前に戦車がいるから大丈夫、なんて呑気な考えで戦争には挑めないでしょう。
空いた穴には適切な戦力を補充しなければなりません。
それこそが「突撃砲」です。

なぜドイツが独自に確立させたかというと、他国はそもそもドイツのように戦車を集中投入するような運用方法を行っていなかったのです。
やがて戦車同士の砲撃戦も繰り広げられますが、それでも戦車はあくまで歩兵直協車両、ただ倒す敵が敵戦車になったことにより大型化・強力化しただけです。
つまり、電撃戦を行うドイツには補充用の突撃砲は必要でしたが、他の殆どの国々はその突撃砲の役割が戦車だったので、突撃砲という概念そのものが存在しませんでした。

本項の最初に記載しておりますが、突撃砲は歩兵部隊が所有する、自走砲の一種です。
ですので砲塔は搭載していません。
しかしこれまでの自走砲と大きく異なるのは、戦車並みとは言わずとも、きちんと装甲がある点です。
戦車のように動くのですから、当然敵戦車からの攻撃を受ける危険性も高まります。
そんな中を自走砲同様の防御力で動き回っては、戦車の徹甲弾は言わずもがな、対戦車兵器でなくても大きな被害を受けてしまいます。

また、突撃砲の特徴としては車高の低さがあります。
砲塔を搭載するとどうしても車高は高くなりますが、突撃砲は砲塔がない分車高を抑えることができ、隠蔽性が格段に向上しました。
最初の突撃砲である【Ⅲ号突撃砲】の全高は、型式にもよりますが2mほど。

写真を見ていただければよくわかりますが、【Ⅲ号突撃砲】はめちゃくちゃ低いです。
人の身長とほぼ変わりません。
砲塔がないので正確な射撃には不向きでしたが、それでも頼もしい存在でした。
さすがに戦車と対峙すると、装甲が弱い点や砲塔がない分行動に制限があることなどからかなり不利にはなりますが。

ちなみにこの突撃砲は、やがて対戦車の色が濃くなっていきます。
特にソ連の【T-34】が現れてからは、この歩兵支援用の【Ⅲ号突撃砲】では全く歯が立たず、長砲身で重装甲の、まさに前述の超重戦車のような「砲塔を持たない戦車」とも言える存在へと改造が進みます。

その「砲塔を持たない戦車」という特徴を持って新たに誕生するのが、「駆逐戦車」です。
「突撃砲」と「駆逐戦車」は共通点ばかりで、ほとんど違いはありません。

・砲塔を持たない
・対戦車用の徹甲弾搭載
・ある程度の装甲を持つ

では何が違うのか。
それは、所有者、ただその1点のみです。

何度も述べていますが、突撃砲を含む自走砲は、あくまで「砲」に分類され、戦車ではありません。
ですので自走砲は砲兵部隊、そして突撃砲に関しては例外的に歩兵部隊が所有しています。
しかしこの頃になるとドイツの戦車は生産力が低下し、また削っても削ってもやってくるソ連の戦車群にどんどん破壊されていました。
重戦車【ティーガー】【T-34】の侵攻を食い止める性能をもって登場したものの、何分数が足りず、戦場の逼迫した状態に変わりはありませんでした。

そんな中、一時ヒトラーと対立してクビになっていたグデーリアンが現場に復帰。
グデーリアンは戦車部隊の戦車不足を突撃砲で補おうとしたのですが、歩兵部隊は自分の所有物でかつ非常に優秀な【Ⅲ号突撃砲】を手放すはずがありませんでした。
そこでグデーリアンは新たに【38t戦車】をベースとした【駆逐戦車ヘッツァー】を開発させ、これを戦車部隊に投入しました。
【駆逐戦車ヘッツァー】はこれまでの戦車とは全然違いますが、戦車部隊に所属する以上は戦車です。
駆逐戦車は、でっかい戦車は量産できないから小さくてもそこそこ使える戦車を増やそうという事情によって誕生しました。
戦場での立ち位置は異なりますが、車体の構造やコンセプトなどは【Ⅲ号突撃砲】とほとんど同じでした。

皮肉なことに、この【Ⅲ号突撃砲】【駆逐戦車ヘッツァー】は、歩兵部隊と戦車部隊の諍いの種になったものの、改良を加えて終戦まで最も投入された車両です。
両者とも生産性が非常に優れ、また装甲も信頼に足るものでした。
砲塔がない分口径を大きくすることもでき、隠蔽性もあることから大変重宝されました。

戦車・自走砲・突撃砲・駆逐戦車は、おおよそこのような理由によって呼び名が変わります。
戦車と自走砲は基準がまだしっかりしていますが、突撃砲と駆逐戦車については、カテゴリというよりもドイツ独自の分け方と言ったほうがいいかもしれません。

ちなみに「戦車駆逐車」なんてややこしい言葉もありますが、これは戦車ではなく「装甲車」です。
軽装甲の車両に対戦車砲を載せていることが多く、対戦車自走砲に近い存在です。

砲戦車について

さて、ドイツで「突撃砲・駆逐戦車」と呼ばれる独自の存在が誕生した一方で、日本にも他国にはない存在がございます。
それは「砲戦車」と呼ばれるものです。
砲戦車って、じゃあ砲塔積んでる戦車はなんなのよって思いますけど、そういう分類があるので仕方ありません。

砲戦車は「戦車」と「自走砲」のどちらかに当てはめるとすると、「自走砲」になります。
ただ、その誕生経緯はドイツの突撃砲とは異なります。

まず、日本にも自走砲という概念は存在していましたが、実際に開発が始まったのはなんと昭和14年/1939年12月です(【一式七糎半自走砲 ホニⅠ】)。
戦車の開発もスローペースだった日本ですからやむを得ない部分もありますが、逆にこの遅さが自走砲を他国とは異なる存在へと変遷させていったとも言えます。

戦況の変化を経て諸外国の自走砲は徐々に装甲、砲火力、さらに貫通力も増してはいきましたが、日本はこれを一足飛びし、初期開発の段階で早くも装甲のある対戦車自走砲の開発に着手したのです。
【ホニⅠ】に搭載されたのは九〇式野砲で、口径75mm、貫通力も高く、当然日本の中・軽戦車が搭載している戦車砲よりも強力で、日本の自走砲第一号は敵戦車の装甲を貫く威力を持って誕生したのです。
じゃあ戦車にこれ載せたほうがいいんじゃないということなんですが、戦車にこんなでかい野砲載せると装填時間が凄いかかりますから、装填中に攻撃されるリスクがあります。
なので自走砲として後方支援もするけれど、戦車が苦戦する相手に対して自走砲が直接戦車と戦えるスタンスとして開発をしたかったのです。

とはいえ、これだけでは「砲戦車」と呼ばれる理由は不明です。
自走砲は砲兵部隊所属、これは日本も変わりません。
そしてドイツでは戦車部隊が所有した実質的な自走砲を「駆逐戦車」と呼びました。
ならば、日本の戦車部隊が所有すると・・・。

答えが出ました、戦車部隊保有の自走砲が「砲戦車」となるのです。
ドイツのように車体の奪い合いから同コンセプトの別々の車両が生まれたわけではなく、例えば【ホニⅠ】については、砲兵部隊所属なら【一式七糎半自走砲】となり、戦車部隊所属ならば【一式砲戦車】となります。
ですから同じ車両でも所属によって呼び名が異なるわけです。
実際【ホニⅠ】は一応自走砲ですが、砲戦車として一般的に浸透していますし、どっちでもあるといったほうがいいと思います。

その後も日本の自走砲・砲戦車はとにかく貫通力が高く、また装甲もそこそこあるものとして新開発が進んでいきます。
砲塔はあるもの、ないものが混在し、また車体は新開発をする余裕がないため【九七式中戦車 チハ、一式中戦車 チヘ】の車体を流用したものからスタートしています。
つまり日本の砲戦車は、強力な戦車を一から開発する時間がないため、砲兵部隊が所有する大口径の野砲を戦車に搭載して運用するという経緯から誕生したのです。
自走砲誕生が≒砲戦車誕生であることは、秘匿名称の頭文字が砲戦車の「ホ」を採用しているものが多いことからもうかがえます。

ここまで戦闘用車両について説明してきましたが、いかがでしたでしょうか。
特に突撃砲・駆逐戦車は歴史的背景が色濃い言葉で、説明はかなり省いています。
難しいかもしれませんが、歴史の産物には必ず歴史的背景が存在します。
ご興味を持たれましたら、ぜひご自身でお調べいただければと思います。