ウォッチタワー作戦

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【ウォッチタワー作戦】とは、太平洋戦争においてアメリカが策定した、対日反攻作戦の第一段階である。

1942年3月14日、アメリカでは太平洋方面での基本戦略が策定された。
・アメリカ領土、本土沿岸水域の確保
・オーストラリア及び付属島嶼とその地域からアメリカ西海岸・パナマ間の海上交通路の確保
・日本占領地に対する日本軍の活動封鎖、潜水艦や空母を用いた圧迫、攻撃消耗戦での日本軍の勢力減衰
・インド、ビルマ、中国の防衛に対する限定的補助

この策定を元として、東経159以東をチェスター・ミニッツ大将(当時)、以西をダグラス・マッカーサー大将(当時)が指揮権を持った、計三段階の作戦計画が立てられる。
そのうちの第一段階である【ウォッチタワー作戦】の概要は以下の通り。

・サンタクルーズ諸島、ツラギ及び周辺島嶼の攻略
・上記攻略の流れとして、フィジー諸島での予行演習を経て、ガダルカナル島、ツラギ泊地の奪取、さらにヌデニ島、サンタクルーズ諸島の占領を目指す
・上記攻略に投入する戦力(略)

日本は6月に「ミッドウェー海戦」で敗北し、主力空母4隻を一夜にして失った。
これにより、日本は陸上飛行場の準備を急がなければならなかった。
当時日本はツラギ島に横浜海軍航空隊が水上機基地を建設し、またラバウルにも飛行場を構えていたものの、規模と立地の問題から不十分とされた。
そのため、これら二つの飛行場の改良に加え、ガダルカナル島での飛行場建設を急いだ。

しかし【ウォッチタワー作戦】の第二段階での目標であったガダルカナル島は、守備隊含め非常に兵員が乏しかった8月7日早朝にアメリカの奇襲にあう。
この結果、日本が是が非でも欲し、わずか2日前に第一工事が完了したガダルカナル島の「ルンガ飛行場」は奪われてしまう。
この飛行場は「ヘンダーソン飛行場」と名付けられ、以後半年に渡って、この飛行場とガダルカナル島を巡った激しい攻防が繰り広げられる。