【呂五十三型潜水艦】(L二型)

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常備排水量893t
水中排水量1,075t
一番艦竣工日呂号第五十三潜水艦
大正10年/1921年3月10日
同型艦4隻
全 長70.59m
最大幅7.16m
主 機ヴィッカース式ディーゼル 2基2軸
最大速度水上 17.3ノット
水中 10.4ノット
航続距離水上 10ノット:5,500海里
水中 4ノット:80海里
馬 力水上 2,400馬力
水中 1,600馬力

装 備 一 覧

備 砲28口径7.6cm単装高角砲 1基1門
魚雷/その他兵装艦首:45cm魚雷発射管 4門
舷側:45cm魚雷発射管 2門
搭載魚雷 10本
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L一型の一部部品を国産化 性能変わらず長年に渡って沿岸を警備

「L一型」を導入することで日本の技術、特にディーゼル機関の技術には大きな光が灯りました。
これまで国産化のめどは全く立たず、ライセンス契約した潜水艦も機関の調子は悪いものばかり、このままでは世界がいいディーゼルを造れるようになった時に日本はまだそのお尻を追いかけるしかない。
この閉塞感を打破してくれた「L一型」は、2隻が完全コピー、そして4隻が部品の国産化を進めた「L二型」として設計されます。

主に主機や電池類で国産のものが使用され、また電池の要領の関係から個数も少し増えています。
その影響で排水量もちょっとだけ増えていますが、サイズは全く同じのほぼ同型艦です。
速度がちょっとだけ早くなっているのは主機類の影響だと思われます。

また、竣工後には舷側に取り付けられていた魚雷発射管が取り除かれています。
実は「L型」は艦上ではなく水線下の舷側に魚雷発射管がありました。
ですが発射の機会を考えて取り外されたと思われ、その影響で居住区が広がっています。


「L二型」
も昭和15年/1940年まで艦隊の一員として行動を続けています。

海外技術・設計の輸入が中心だった日本の潜水艦は、大正6年/1917年起工の「海中一型」から国産の道が開けていきます。
しかしこれまでの水上艦建造よりもはるかに短期間で潜水艦技術は向上しており、また国産化が始まったといっても列強には遠く及ばないのが現実です。
貿易は引き続き行われ、そして結果的に最後に技術輸入をすることになったのがこれから紹介する「L型」です。
この後第一次世界大戦が勃発、終結し、日本はこの戦争中に突如として現れた海中の悪魔「Uボート」を図らずも手に入れることができました。
そのため、貿易という流れで日本にやってきたのはこの「L型」が最後となります。

ヴィッカース社とライセンス契約を結び、三菱重工業が当時のイギリス最新潜水艦だった「L級潜水艦」の建造を行います。
「L一型」「八四建造計画」の計18隻の潜水艦の中の2隻であり、「L一型」の部品を一部国産化するなどの改良がある「L二型」や、「海中三型」までが含まれています。

同時期に契約の下で建造が決まっていたのが、イタリアフィアット社の「F一型」です。
しかし誕生してからわかることですが、「F一型」は船体強度、機関に問題を孕んでおり、納得できる潜水艦ではありませんでした。

さて、「L一型」はイギリスでは水上速度向上を第一目的として設計された潜水艦です。
第一次世界大戦で活躍した「E級潜水艦」は世界で初めて航空機を搭載した潜水艦であるなど革新的な潜水艦でしたが、戦う中で水上14ノットという速度には不満がありました。
それを解消すべく設計された「L一型」は、戦争には間に合わなかったものの、水上17ノット、水中でも10ノットの速度を発揮することができました。
さらに航洋性もあり、間に合っていればどれだけの活躍ができただろうかと思われるほどの性能を持っていました。

その「L級潜水艦」をコピーするわけですから、当然「L一型」も日本では歓迎される潜水艦でした。
これまでの潜水艦に比べて大型化している分、安定感も増して耐波性もある、さらに居住性も改善されてなおかつ速度も出る。
加えて「F一型」で頭を抱えたディーゼルも、ヴィッカース式ディーゼルはすこぶる良好と、輸入した甲斐がある潜水艦でした。

「S型」で導入されていた複殻式を本艦では部分的に採用しており、「S型」から無駄を省いたような構造になっています。
もちろんタンクや浮力のメリットは維持され、フランス技術とイギリス技術の融合がなされていました。
前述の通りディーゼルも整備含めて非常に扱いやすく、まだまだ未知の世界が多く、また「F型、海中型」ディーゼルの不調に困っていた日本にとって、このヴィッカース式ディーゼルはディーゼル技術の発展にも大きな影響を与えています。
「L四型」までの全ての「L型」がこの半複殻式とヴィッカース式ディーゼルを導入しました。

「L一型」は2隻だけの建造で、うち【呂52】は昭和7年/1932年に除籍となっていますが、【呂51】「海中四型」と同じ昭和15年/1940年まで現役で、いかに機関が艦寿命を伸ばすかがよくわかる存在でした。

同 型 艦

呂号第五十三潜水艦呂号第五十四潜水艦呂号第五十五潜水艦(初代)
呂号第五十六潜水艦(初代)