瑞雲

航空機/飛行艇

水上偵察機 『瑞雲』/愛知 E16A

昭和14年/1939年、日本は軍艦の搭載用として「零式水上偵察機(試作時は十二試三座水上偵察機)」を完成させます。 空母を量産できればいいのですが、何分コストと時間がかかりすぎますし、加えて搭載数に限界がある空母に「偵察」しかできない艦載機を載せることには非常に懐疑的でした。 そこで、軽巡洋艦以上の大型艦に搭載できる水上機を偵察機として運用し、その穴を埋めようという意図で誕生しました。
重巡洋艦

最上【最上型重巡洋艦 一番艦】

昭和5年/1930年になると、日本は軽巡洋艦の老朽化に伴う代替艦の建造を計画していました。 「天龍型」は竣工してから10年になり、しかも3,500t級の小型設計。 「球磨型」の【球磨・多摩】も5,000t級ではあるものの大正9年/1920年、21年竣工でした。 軍縮の流れがあるとはいえ、このままでは国家を守る軍備が滞ってしまいます。
戦 艦

日向【伊勢型戦艦 二番艦】

【日向】は【伊勢】と同じく、本来「扶桑型」として建造される予定だったものが「伊勢型」として計画し直されたものです。 【日向】は、【伊勢】は経験していない連合艦隊旗艦という大役を任されています。 連合艦隊旗艦を退いたあとも、戦隊旗艦を務めるなど、姉よりも出世しています。 これだけでも運の強さがわかりますが、【日向】の凄さはそこだけではありません。
戦 艦

伊勢【伊勢型戦艦 一番艦】

もともと【伊勢・日向】は、「扶桑型」の三番艦・四番艦として建造される予定でした。 ところが、予算がなかったため工期の延期、さらに「扶桑型」から見つかった数々の欠陥から、急遽設計段階からの計画変更を行い、「伊勢型」として再スタートしました。 「伊勢型」の設計には建艦競争が活発な欧米の最新の設計を多数見習っているところがあります。
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