美保関事件

軽巡洋艦

那珂【川内型軽巡洋艦 三番艦】

【那珂】は「川内型」の二番艦として起工し、横浜で順調に建造が進められていました。 ところが、まもなく進水式だという時に、突如関東を未曾有の大災害が襲います。 関東大震災です。 この延焼が横浜に襲い掛かり、横浜船渠もこの火事はなす術がなく全焼。 【那珂】も盤木が焼けたために船体は落下。
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神通【川内型軽巡洋艦 二番艦】

【神通】は本当は三番艦の予定でしたが、横須賀で建造されていた【那珂】が関東大震災によって竣工前に大破。 ほぼ再建造することになってしまったため、繰り上げで【神通】が二番艦となりました。 最新の軽巡とあって、【神通】は自らの宿命を果たすために訓練を重ねます。 しかし度が過ぎる訓練を重ねすぎた【神通】は、竣工2年で大事故を起こしてしまいます。 有名な「美保関事件」です。
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由良【長良型軽巡洋艦 四番艦】

【由良】の「初」は、竣工から3年後に訪れます。 これまで滑走台は搭載されながらも搭載機は艦上偵察機で、水上偵察機を運用することがなかった「長良型」でしたが、1926年、【由良】が日本軽巡で初めて水上機を常時搭載しました。 ちなみに「球磨型」も【木曾】を除いて水上機の搭載は可能でしたが、これはあくまで搭載可能というだけで、当時は水上機の能力やデリック運用の問題から実際に搭載することはありませんでした。
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龍田【天龍型軽巡洋艦 二番艦】

【天龍】同様、高速の水雷戦隊旗艦を務める目的で【龍田】は建造されますが、やはり小さすぎたため、時代の変化に追いつくための強化をすることができませんでした。 【龍田】は最後に潜水艦の魚雷によって撃沈されるのですが、逆に潜水艦を沈めたこともあります。 ところがそれは、帝国海軍の潜水艦でした。
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