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ブーゲンビル島沖海戦/
エンプレス・オーガスタ湾海戦

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ブーゲンビル島沖海戦 エンプレス・
オーガスタ湾海戦

戦闘参加戦力

大日本帝国 連合国
○連合襲撃部隊(司令官:大森仙太郎少将) 第39任務部隊
第一襲撃部隊 (指揮官:スタントン・メリル少将)
・第五戦隊  軽巡洋艦【モントピーリア】
 重巡洋艦【妙高】  軽巡洋艦【クリーブランド】
 重巡洋艦【羽黒】  軽巡洋艦【コロンビア】
第二襲撃部隊  軽巡洋艦【デンヴァー】
・第三水雷戦隊 旗艦:軽巡洋艦【川内】  駆逐艦【チャールズ・オズボーン】
 駆逐艦【時雨】  駆逐艦【ダイソン】
 駆逐艦【五月雨】  駆逐艦【スタンレー】
 駆逐艦【白露】  駆逐艦【クラクストン】
第三襲撃部隊  駆逐艦【スペンス】
・第一○戦隊  駆逐艦【サッチャー】
 軽巡洋艦【阿賀野】  駆逐艦【コンヴァース】
 駆逐艦【長波】  駆逐艦【フート】
 駆逐艦【初風】  
 駆逐艦【若月】  
・輸送隊  
 駆逐艦【天霧】  
 駆逐艦【夕凪】  
 駆逐艦【文月】  
 駆逐艦【卯月】  
 駆逐艦【水無月】  
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ラバウル守護の最終防衛ライン 統率取れず夜戦で自滅

着々とアメリカの反撃が続き、日本はガダルカナル島から撤退後、防戦と敗走の一方であった。
ニュージョージア島、コロンバンガラ島を立て続けに奪われた日本は、ブイン、更にはラバウルという航空基地の重要拠点までもが危険にさらされている事態に恐怖した。
アメリカはその後ブーゲンビル島を占領し、ラバウルの孤立化を図る「カートホイール作戦」を立てており、その最後の目標であるブーゲンビル島を目前にしていた。
そのブーゲンビル島には南方にブイン飛行場があり、アメリカの進軍を阻むのがこの飛行場であるのは明白だった。

しかしアメリカは無理にこの飛行場の無力化を図ることを避けた。
ニュージョージア島とそこにあるムンダ飛行場の壊滅を目指し、ジャングルとゲリラ戦によってアメリカは苦しい戦いを強いられた。
そのため、同様の戦術を取ればやはりアメリカ兵の命は多くが失われることが想定された。
なので、アメリカはブイン飛行場攻略ではなく、逆に日本の反撃が難しい箇所に拠点を置くことにした。

潜水艦からの調査結果から候補として上がったのは、ブーゲンビル島中央の西側にあるタロキナと、逆の東側にあるキエタである。
ともに南方にあるブインとは距離があり、そしてブインからは大きなジャングルが進軍の速度を抑えてくれる。
最終的には守備隊の少なさとラバウルとの距離を考えてタロキナが選ばれた。
このブーゲンビル島攻略に際し、アメリカはさらに偽装工作としてチョイスル島へも一個旅団を差し向けることを計画していた。

しかしこの計画を実行する海軍戦力が不足しており、第3艦隊の総司令官であったウィリアム・ハルゼー大将は太平洋艦隊司令部に増援を要請している。
ところが増援が来る前に計画発動の時期がやってきてしまい、ハルゼー大将は多少不安を残しながらも、10月27日にチョイスル島へ上陸を開始した。

そして10月31日、これも偽装作戦としてブカ島・ショートランド島を砲撃すべく第39任務部隊が出撃した。
一方で日本も、タロキナに向かう輸送船団を発見したという報告を受け、ラバウルから連合襲撃部隊を送り込んだ。
しかし結局、夜間であることもあって双方が相まみえることはなく、第39任務部隊は任務遂行、逆に連合襲撃部隊は輸送船団も第39任務部隊も見つけることができず、空振りで翌日10時にラバウルへと帰投している。

そのラバウルへの移動の最中、飛び込んできた報告にソロモン、ニューギニア方面の指揮をとっている陸軍の第八方面軍は面食らう。
日本は連合軍はブイン飛行場制圧に来ると思い込んでいて、南端のモライ岬の上陸を想定していた。
しかし連合軍が上陸してきたのは、つい昨日輸送船団の発見の連絡があったタロキナだった。
想定外の事態に日本は急遽第十七師団の一個大隊をタロキナへ逆上陸する作戦を実行に移すべく、戻ってきた連合襲撃部隊に急いで補給をし、さらに【阿賀野】ら第三襲撃部隊と輸送隊を戦力に加えた。
15時30分、連合襲撃部隊はタロキナへ向けて出撃した。

しかし上陸用舟艇の【小発動挺】をココポ沖で搭載するのに思いの外時間がかかってしまい、到着予定時刻が2時間も遅れてしまう。
更に19時45分と20時53分に【川内】が爆撃を受けてしまい、敵にも部隊の存在が明るみになった。
このまま輸送を含めた追撃は危険だと判断した草鹿任一南方方面艦隊司令長官は、止む無く輸送艦隊を撤退させ、襲撃部隊による上陸部隊への攻撃へと本作戦を変更した。
輸送艦隊が撤退したことで増速が可能となった襲撃部隊は、速度を上げてタロキナを目指した。

一方、【川内】を爆撃したことによりタロキナの部隊にも日本の艦隊がここへ向かっていることが伝わる。
第39任務部隊はブカ島、ショートランド島を砲撃するために出撃してからこれまで満足な休息が取れておらず、ハルゼー大将は戦力の少なさを恨んだ。
しかし日本の艦隊の数は多い、彼らにここで奮起してもらわなければ困る。
ハルゼー大将は第45駆逐群と第46駆逐群を南北2つに分け、タロキナ沖で迎撃体制をとった。

11月2日0時27分、【米クリーブランド級軽巡洋艦 モントピーリア】のレーダーが襲撃部隊を補足。
間もなく【妙高、羽黒】の水上偵察機も敵艦隊を発見し、そして0時45分には【川内】【時雨】から相次いで敵艦視認の報告があった。
距離およそ9,000m。
そして0時49分には敵主砲からの炎が見え、「ブーゲンビル島沖海戦」が生起した。

前方で構えていた第45駆逐群は魚雷計25本を発射したが、これは連合襲撃部隊の変針によって命中しなかった。
敵艦隊が2つに分かれていることを確認すると、魚雷を発射して引いていく第45駆逐群ではなく、後方で待ち構える第46駆逐郡に対して照明弾を放った。
0時51分、【時雨、五月雨、白露】が魚雷を発射。
しかしこの時一番槍を務めていた【川内】には巡洋艦郡からの砲撃が集中しており、その後に続いていたに3隻は眼前で速度を急激に落としている【川内】を見て慌てて舵を切った。
なんとか3隻は【川内】を交わしたものの、しかしこの回避行動で【五月雨】【白露】が衝突してしまう。

3隻が放った魚雷は、うち1発が【米フレッチャー級駆逐艦 フート】の艦尾に直撃して航行不能にしている。
【川内】もまた、集中砲火を浴びて炎上に次ぐ炎上でその足を止めた。

砲撃はなおも続き、視界も悪い中でとっていた各々の回避運動がさらなる悲劇を招く。
【初風】【妙高】の左舷に頭から突っ込み、艦首は完全に喪失した。
【妙高】には衝突の衝撃で吹き飛んだ甲板が引っかかっており、戦闘後、日が昇った時にそれを目撃した【羽黒】の乗員が【初風】の額の皮」と表現している。

戦闘は【川内】が一方的に砲撃を受ける中、3隻の駆逐艦が魚雷を発射したあとも、第一襲撃部隊、第三襲撃部隊は未だ攻撃ができないでいた。
そして1時18分、ようやく【妙高、羽黒】から巡洋艦に向けて砲火が放たれた。
しかし数隻に戦果大という報告とは裏腹に、実際は【米クリーブランド級軽巡洋艦 デンヴァー】に3発の不発弾が命中したに過ぎなかった。
また魚雷も【モントピーリア】に2発命中したが、それも2発とも不発であった。

幸運にも全て不発ではあったが命中弾には変わりはない。
巡洋艦郡はとっとと煙幕を焚いて撤退し、レーダーを持たない日本の襲撃部隊は巡洋艦郡を見失った。

未だ戦闘に参加できていない第46駆逐群だったが、航行中に【米フレッチャー級駆逐艦 スペンス、サッチャー】が軽い衝突をし、また【スペンス】は水線下に被弾があり速度低下も招いていた。
しかし【川内】が航行不能になったことで、ようやくお鉢が回ってきた。
第45駆逐群も加わって【川内】は駆逐艦から大量の砲撃を浴びてしまう。
さらに【五月雨、白露】への追撃を開始したが、この時第46駆逐群を日本の駆逐艦だと勘違いした第45駆逐群は、味方に対して砲撃をしてしまっている。

1時34分、指揮官の大森仙太郎少将は夜明けの空襲の危険性も考慮して撤退を下令。
航行不能となっている【川内】【初風】は救助もなく、海域に取り残されてしまった。
単独行動になりつつあった第45、46駆逐群もまた、空襲を危惧して追撃を中止し、艦首を失って航行不能となっている【初風】にとどめを刺した。
【初風】は2時57分に、そして【川内】は5時30分、払暁とともに沈没した。
乗員は救助要請を受けて向かった潜水艦によって75名、自力でセント・ジョージ岬まで泳ぎきった51名だけが助かっている。

その後、撤退中の米艦隊に対して日本の航空機16機が襲いかかったが、うち6機が撃墜され、【モントピーリア】に2発の被弾があったものの、大きな損害とは言いがたかった。
第39任務部隊は精も根も尽き果てた状態でツラギ島に帰投した。

そもそも第39任務部隊は日本艦隊との対決など想定しておらず、ブカ島、ショートランド島の砲撃でかなりの砲弾を消費していた。
そのため、体力とともに砲弾の数も限界であり、戦術によっては日本は十分に戦える状況であった。
にもかかわらず、日本は第一警戒隊だった【川内】に砲撃が集中している間に行った攻撃は3隻の駆逐艦の魚雷だけであった。
最も大口径の主砲を持つ【妙高、羽黒】の砲撃が始まったのは会敵してから20分も後で、第三襲撃部隊に至っては攻撃すら行っていない。
この点が戦闘後に大いに非難され、大森少将は陸に上げられた。

ただ、砲撃の精度そのものは反撃を受けた【モントピーリア】の乗員からも称賛されており、第46駆逐群でも日本と同じく衝突事故が起こっている。
勝てる要素と、互いに同じ状況であった中での敗北は、指揮が原因という判断もやむを得ない。

「ブーゲンビル島沖海戦」後、日本は「ろ号作戦」を開始するが、出鼻をくじく11月5日のラバウル空襲と、毎度見事に日本機を迎撃していくアメリカの防御態勢によって日本は更に航空戦力を失っていくことになる。

アメリカの圧勝

両者損害

大日本帝国 連合国
沈 没
【川内】
【初風】  
中 破
【白露】 【モントピーリア】(夜戦後の空襲)
【五月雨】 【フート】
小 破
【妙高】 【デンヴァー】
【羽黒】 【サッチャー】
【スペンス】