ミッドウェー海戦 前編

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ミッドウェー海戦ミッドウェー海戦

戦闘参加戦力

大日本帝国連合国
第一機動部隊(司令長官:南雲忠一中将)第17任務部隊
・第一航空戦隊(司令官:フランク・J・フレッチャー少将)
 航空母艦【赤城】・第2群(司令官:ウィリアム・W・スミス少将)
 航空母艦【加賀】 重巡洋艦【アストリア】
・第二航空戦隊(司令官:山口多聞少将) 重巡洋艦【ポートランド】
 航空母艦【飛龍】・第4群(司令官:ギルバート・C・フーバー大佐)
 航空母艦【蒼龍】 第2駆逐戦隊
・第八戦隊(司令官:阿部弘樹少将)  駆逐艦【ハムマン】
 重巡洋艦【利根】  駆逐艦【アンダーソン】
 重巡洋艦【筑摩】  駆逐艦【グウィン】
・第三戦隊第二小隊  駆逐艦【ヒューズ】
 戦艦【榛名】  駆逐艦【モリス】
 戦艦【霧島】  駆逐艦【ラッセル】
・第一〇戦隊(司令官:木村進少将) ・第五群(司令官:エリオット・バックマスター大佐)
 旗艦:軽巡洋艦【長良】 航空母艦【ヨークタウン】
 第四駆逐隊(司令:有賀幸作大佐)第16任務部隊
  駆逐艦【嵐】(司令官:レイモンド・A・スプルーアンス少将)
  駆逐艦【野分】・第2群(司令官:トーマス・C・キンケイド少将)
  駆逐艦【萩風】 第6巡洋戦隊
  駆逐艦【舞風】  重巡洋艦【ミネアポリス】
 第一〇駆逐隊(司令:阿部俊雄大佐)  重巡洋艦【ニューオーリンズ】
  駆逐艦【風雲】  重巡洋艦【ノーザンプトン】
  駆逐艦【夕雲】  重巡洋艦【ペンサコラ】
  駆逐艦【巻雲】  重巡洋艦【ヴィンセンス】
  駆逐艦【秋雲】  軽巡洋艦【アトランタ】
 第一七駆逐隊(司令:北村昌幸大佐)・第4群(司令官:アレキサンダー・R・アリー大佐)
  駆逐艦【磯風】 第1駆逐戦隊
  駆逐艦【浦風】  駆逐艦【フェルプス】
  駆逐艦【浜風】  駆逐艦【ウォーデン】
  駆逐艦【谷風】  駆逐艦【モナハン】
 油槽艦【東邦丸】  駆逐艦【エイルウィン】
 油槽艦【極東丸】  駆逐艦【バルチ】
 油槽艦【日本丸】  駆逐艦【コゥニンガム】
 油槽艦【国洋丸】  駆逐艦【ベンハム】
 油槽艦【神国丸】  駆逐艦【エレット】
 油槽艦【日郎丸】  駆逐艦【モーリー】
 油槽艦【豊光丸】・第5群(司令官:ジョージ・D・マーレ大佐)
 油槽艦【第二共栄丸】 航空母艦【エンタープライズ】
  航空母艦【ホーネット】
以下次項にて作戦参加艦艇(非戦闘艦艇)の紹介 第16任務部隊 給油群
   駆逐艦【デューイ】
   駆逐艦【モンセン】
   艦隊給油艦【シマロン】
   艦隊給油艦【プラット】
 その他潜水艦部隊、ミッドウェー島守備隊
 (一部未確認情報あり)

その他日本の作戦参加戦力

連合艦隊(司令長官:山本五十六大将)
・第一戦隊:【大和】【長門】【陸奥】
・第三水雷戦隊:旗艦【川内】
  第一一駆逐隊:【吹雪】【白雪】【初雪】【叢雲】
  第一九駆逐隊:【磯波】【浦波】【敷波】【綾波】
・空母隊:【鳳翔】【夕風】
・特務隊:【千代田】【日進】
・油槽艦:【鳴門丸】【東栄丸】
第一艦隊(司令長官:高須四郎中将)
・第二戦隊:【伊勢】【日向】【扶桑】【山城】
・第九戦隊:【北上】【大井】
・第二四駆逐隊:【海風】【江風】
・第二七駆逐隊:【夕暮】【白露】【時雨】
・第二〇駆逐隊:【天霧】【朝霧】【夕霧】【白雲】
・油槽艦:【さくらめんて丸】【東亜丸】
第二艦隊(司令長官:近藤信竹中将)
・第四戦隊第一小隊:【愛宕】【鳥海】
・第五戦隊:【妙高】【羽黒】
・第三戦隊第一小隊:【金剛】【比叡】
・第四水雷戦隊:旗艦【由良】
  第二駆逐隊:【五月雨】【春雨】【村雨】【夕立】
  第九駆逐隊:【朝雲】【峯雲】【夏雲】【三日月】
  航空母艦【瑞鳳】
・油槽艦【健洋丸】【玄洋丸】【佐多丸】【鶴見丸】
・第七戦隊:【三隈】【最上】【熊野】【鈴谷】
・第八駆逐隊:【朝潮】【荒潮】
・第二水雷戦隊:旗艦【神通】
  第一五駆逐隊:【親潮】【黒潮】
  第一六駆逐隊:【雪風】【時津風】【天津風】【初風】
  第一八駆逐隊:【不知火】【霞】【陽炎】【霰】
・油槽艦【あけぼの丸】
・第一一航空戦隊:【千歳】【神川丸】【早潮】【第35号哨戒艇】【明石】
・ミッドウェー諸島守備隊
・油槽艦【日栄丸】
第六艦隊(司令長官:小松輝久中将):旗艦【香取】
・第八潜水戦隊:潜水母艦【愛国丸】【報国丸】他潜水艦8隻
・第三潜水戦隊:潜水母艦【靖国丸】他潜水艦6隻
・第五潜水戦隊:潜水母艦【りおで志゛やねろ丸】他潜水艦9隻

※こちらは要点だけを捉えた紹介となります。
特にアメリカの目線や状況は殆ど入っておりません。
時間の前後がありますがご了承ください。

ミッドウェー海戦 前編
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希望に満ち溢れすぎた機密作戦

「この案が通らなければ、山本長官は連合艦隊司令長官の職を辞すると言われている。」

時は1942年4月3日。
1日に連合艦隊でまとめ上げた作戦「MI作戦」を軍令部に提示した際に、猛反対にあった戦務参謀渡辺安次が切ったジョーカーである。

軍令部はミッドウェー島を攻略する戦略的価値に非常に懐疑的であった。
遠い、小さい、平らで特に陸軍の防御に適さない、資源がなく大量の補給とそれに割く戦力が必要。
ミッドウェー島はハワイの西側にあるアメリカ軍基地ではあるが、そこを奪い取ることでどのような利益を得るのか。
アメリカは小さなミッドウェー島を捨て置くことも考えられる。
ミッドウェー島攻略を大きな陽動作戦と捉えるのなら、誘い出されなかった時のデメリットは計り知れない。

軍令部はフィジー、サモア、ニューカレドニアを攻略する「FS作戦」を立案しており、この3島を占領することで米豪の連携を絶ち、まずはオーストラリアの孤立化を狙っていた。
オーストラリアはソロモン諸島やパプアニューギニアからほど近く、オーストラリア軍というよりも連合国であるアメリカ軍の航空機が昼夜問わず飛来してくることに警戒心を抱いていた。
そして「FS作戦」は同時にアメリカを誘い出しやすく、戦力が優位な状況で艦隊決戦に持ち込めるという見込みであった。

これに対して連合艦隊は長官の喉元に刃を立て、一種の脅迫をしたのである。
「真珠湾攻撃」の時と全く同じ状況であった。

この脅しに弱いのは、軍令部総長の永野修身と第一部長の福留繁である。
先に進まない議論に一石を投じるため、渡辺は連合艦隊司令部に電話をした。
電話の相手は連合艦隊の首席参謀黒島亀人である。
そして彼の指示によって、渡辺は切り札を切った。
作戦室が突如静まり、次長の伊藤整一福留が軽く話をし、そして永野の下へ向かう。

永野の口が開く。
「山本がいうんだから、やらしてみようではないか。」
福留伊藤はかつて山本の下で働いており、さらに「真珠湾攻撃」に成功していることから、永野も抵抗することはできなかったのである。
このあっけない結末に、堂々と反対意見を述べ続けた軍令部第一課部員の三代辰吉は流れる涙を隠すためにじっと俯くしかなかったという。

「真珠湾攻撃」以後、軍令部と連合艦隊の立場はそっくり入れ替わった。
本来ならば軍令部が作戦を立案し、それを連合艦隊がほぐしていくものであるが、山本五十六という傑物と「真珠湾攻撃」成功という巨塔があまりにも大きすぎ、手足が頭脳を支配してしまったのである。

山本黒島を信頼していたが、信頼しすぎていた嫌いがある。
このミッドウェー島攻略についても、大局としてハワイ島攻略につながる作戦の一つとしてミッドウェー島が頭にはあっただろうが、実際に作戦を推し進めたのは黒島である。
そして4月5日この日から、変人参謀黒島を中心に妄想夢幻の作戦が進み始める。

この作戦に関しては連合艦隊内部も不満の嵐であった。
第一航空艦隊の南雲忠一草鹿龍之介参謀長はもちろん、度の過ぎた積極性を持っていた第二航空戦隊司令官の山口多聞ですら「6月の出撃では訓練が間に合わないしあまりにも強引だ」と反駁している始末である。
しかし決着の付き方が付き方だっただけに、後戻りなどできるはずもない。

現場を悩ます出来事は他にもある。
大規模な人事異動である。
まず一航戦・二航戦の4隻はそれぞれ構造が異なるため、次の住処になれるだけでも一苦労である。
顔ぶれも変わるため信頼関係も一から築く必要があるし、特に航空機乗りにとっては互いの命を預ける相手である。
一朝一夕で阿吽の連携を取ることは不可能だった。
山口の訴えた「訓練不足」の上にのしかかってきたさらなる重しであった。
パイロットの練度は1日怠るとガクッと下がることは彼らはすでに経験していた。
異動のあれこれで訓練はますます遠ざかる。

現場はこの人事異動に加えて兵士たちの疲労を回復させるタイミングが全く無いことにも不満があった。
開戦から今日まで、特に機動部隊は馬車馬のように働いている。
日本の快進撃を支えているのは明らかに空母機動部隊と航空機乗りの力によるもので、決して大口径を備えた戦艦ではない。
その彼らをまたも死地に送り込むという無謀さには現場の憤懣たるや計り知れない。

一方で連合艦隊首脳陣も耳を疑うことをやってのけている。
図上演習の場での出来事だ。
図上演習はそれこそ敵側に立って日本と戦闘を行い、双方どのような結果になるかを想定するものであり、当然日本の被害も甚大になることだってある。
ところが図上演習で沈没した【赤城】が、審判長の宇垣纏参謀長の裁量によって呆気なく復活した。
さらに今作戦後の「FS作戦」の図上演習では、同じく沈没した【加賀】が再び戦力になっているのである。

敵側の赤軍を率いていた【日向】艦長の松田千秋はこう述べている。
「図上演習というものは作戦実施前に部隊の士気を高めるためにやるのだから、多少の強引さがあっても目をつむるものだ」
八百長とわかって八百長を見たところで士気が上がろうものだろうか。

このように日本が杜撰極まりない対応で2ヶ月を過ごしている間、アメリカは血眼になって暗号解読や戦力増強を図っていた。
「ドーリットル空襲」は敗北続きのアメリカの士気を高める効果は大いにあり、さらに自軍の戦力と日本の戦力の分析が非常に的確だった。

そして「AF」の暗号を解読し、有名な真水欠乏の平文電信という罠を仕掛けて、5月中頃についに日本の次なる目的がミッドウェー島であることを突き止める。
さらには「珊瑚海海戦」で辛くも窮地を脱した【米ヨークタウン級空母 ヨークタウン】を三日三晩の超突貫工事で復活させた。
最初現場は数週間を要すると見ていたが、太平洋艦隊司令長官のチェスター・ミニッツはそれを許さなかった。
【ヨークタウン】の生死は、アメリカの生死と直結していたのだ。
【ヨークタウン】は出撃のその瞬間まで、移動中でも修理が行われていた。

そして兜の緒を締め忘れた侍は死出の旅にでる。

命運を分けた索敵 伝染する怠慢

これよりの時刻は現地時間とする。

5月27日、第一航空艦隊、いわゆる南雲機動部隊が広島の柱島を出撃した。
続いて28日にはサイパンから輸送船団が、29日には【大和】ら連合艦隊も柱島から出撃した。
なお、連合艦隊は最後まで空母と合流することなく500km前後の距離を開けて航行していた。
この連合艦隊の、特に戦艦群の出撃には、これまで活躍の場が全く無い戦艦を不憫に思ったからではないかという証言もあり、資源のない日本であるのになんとも呑気なものである。

本来なら【翔鶴・瑞鶴】も参加予定であったが、【翔鶴】は「珊瑚海海戦」によって損傷、【瑞鶴】もパイロットの損耗が激しかったので出撃は見送られた。
アメリカは瀕死の【ヨークタウン】を緊急手術で戦場へ復帰させ、【伊6】の雷撃を受けて修理のために本国へ帰投する【サラトガ】の航空隊を丸々移乗させているのとは雲泥の差である。

日本は各艦隊に無線封止を厳命していた。
しかし国内で一般市民からミッドウェー攻撃の激励を受けるほどのザル状態だった情報統制が、今度はガチガチに縛られた無線封止によって緊急の情報すら手に入らなくなってしまう。
そして同時に、日本は「敵空母は現れることはない」と勝手に決めつけていた。
この結果、6月2日に敵空母の呼出符号を捉えた【伊168】と、6月4日に同じく呼出符号を傍受した【飛龍】の通信科の努力は全く無駄となった。

奇妙なことに、【伊168】からの電信を連合艦隊も南雲機動部隊も受け取った記録がない。
これは記録がないというよりも、大して重要視されずに記録されなかった、もしくは大量の情報処理に忙殺されて瞬時の判断で不要なものだと結論付けられた、という推測がある。
なぜなら空母は現れないからである。

【飛龍】からの報告は連合艦隊にも届いたが、これは最前線の総指揮官である南雲にも、同じ【飛龍】内にいる二航戦司令官の山口のもとにも届いていない。
南雲に届いてない理由として、連合艦隊内の和田雄四郎通信参謀は【大和】よりも優秀な敵信班を持ち、かつ敵にも近い【赤城】は間違いなく同じように傍受しているだろう」というものだった。
決戦は明日である、無線封止を破ってまで念を押す必要はないという判断だったが、【赤城】はこの符号を傍受していなかった。
山口に伝わらなかった理由としては、やはり「空母が現れるわけがない」という結論にそぐわないために黙殺されたという意見がある。

この2つの通信傍受の結末には未だ不明瞭なところが多い。
しかし結果、最も情報を欲しい部隊は最も情報の少ない状態で6月5日を迎えた。

6月5日午前4時半、ミッドウェー島空襲部隊が各艦から続々と発艦する。
今回は陸上基地爆撃のため、「九七式艦上攻撃機」は800kgの陸用爆弾を搭載している。
推定ではミッドウェー島の航空機は40機足らずらしいし、我らが「零式艦上戦闘機」の前には到底敵うまいと、意気揚々と空母から洋上へ飛び立つものもあれば、アメリカの実力を侮らず、死を覚悟して二度と戻らぬかもしれぬ空母を見つめる者もいる。

一方で敵艦隊索敵のために【赤城・加賀】から1機ずつ、【榛名】から1機、そして【利根・筑摩】からは2機ずつの索敵機が飛び立つはずだった。
しかし【利根】の左舷カタパルトが故障してしまい、最終的に約30分遅れの5時に最後の1機が発射された。
【利根・筑摩】の索敵機はこの海戦で非常に重要な意味を持つことになる。

まず【筑摩】1号機であるが、都間信大尉による大失態がこの海戦の運命を左右したと言っても過言ではない。
この時は悪天候で見通しが悪かったのだが、あろうことか機を雲の上へ上げてしまったのである。
敵艦隊、特に空母を探すために飛行しているのにもかかわらず、雲で遮られる高さを飛行して何を索敵するのか。

よしんばこの失態を止むを得ないとしても、都間機はこの索敵中に「SBD ドーントレス」1機と空戦に入っている。
空戦は短く、追撃もなかったのだが、都間はこの空戦についても一切報告をしていない。
哨戒機が上がっているということは、近くに空母や基地があることにほかならない。
もちろんミッドウェーからの哨戒機の可能性もあるが、索敵機はそれを含めて調べ尽くすのが任務である。
彼の行動は怠慢の極みと評するしかない。

一方発艦が遅れた甘利洋司一飛曹が操る【利根】4号機については、その索敵成果も相まってなんとも評価が難しい。
彼は発艦が遅れたことに焦りを感じていたのか、2時間半の飛行を2時間で取りやめ、【利根】へと引き返していったのである。
これが本人の独断なのかどうかは判然としないが、独断であれば明らかな命令違反である。
しかし、彼のこの判断がなければ、日本はさらなる窮地に追いやられていた可能性がある。
帰還中の【利根】4号機が発見したのは紛れもなくアメリカ艦隊だったのだ。
この打電を【赤城】が受信をしたのは7時28分である。
だが、甘利はこの発見した位置を実際より北に160kmも誤って報告しており、これがまた敵の攻撃までの時間計算に大きな狂いを生じさせる(甘利に同情の余地がないわけではない)。
そしてこの段階では、まだ敵艦隊の中に空母がいるかどうかはわかっていない。

一航艦がこの電信を受け取った時、司令部には大きな動揺はなかったらしいが、戦闘開始の狼煙は間もなく上がることとなる。

GO! GO! GO!

ミッドウェー空襲部隊は思わぬ苦戦を強いられていた。
大した防備ではないと思われていたミッドウェーからは「真珠湾攻撃」以上の対空射撃と、迎撃部隊「F2A バッファロー」「F4F ワイルドキャット」が突如としてから飛び立ったからである。
時は午前6時16分、すでに奇襲部隊の存在を察知して追跡していた「PBY カタリナ」が吊光弾を投下して島へ空襲を伝えたのだ。

奇襲部隊が思わぬ奇襲を受けたとはいえ、「F2A、F4F」の性能も技量も日本の敵ではなく、「零戦」を中心に「九九式艦上爆撃機、九七艦攻」があっさりと蹴散らした。
ただ恐るべきは対空砲火である。
「真珠湾攻撃」の時も奇襲であったにもかかわらず皆その機銃掃射の早さ、多さ、威力には驚いていた。
それを今度はアメリカからしてみれば事前準備万全で待ち構えているのだからそれ以上の猛攻になることは当然だった。
バタバタと、というほどではないものの、あちこちで日の丸が燃え始める。

空襲に続いて「零戦」による低空機銃掃射が行われたが、今回の空襲の総指揮を任された【飛龍】の飛行隊長友永丈市「第二次攻撃の要あり」と打電する。
被弾により無線機が破壊されており、この打電は午前7時頃に黒板によって二番機が代理で行った。
ただ、戦果や戦況の報告がなされていなかったのは痛手であった。

友永はこの空襲の際に敵艦爆や艦攻が全く見当たらないことに不安を感じていた。

ちょうど空襲が行われている頃、南雲機動部隊も新しい局面を迎えていた。
空襲である。
友永が不安に思った艦爆・艦攻は友永隊をかわしてミッドウェーを離陸し、襲いかかってきたのである。
南雲機動部隊は時折顔を見せる「PBY」には気づいていたが、直掩機がこれを撃墜することは叶わなかった。
そしてついに6時43分、【利根】より敵機発見の合図である黒煙が吐き出された。
いよいよか、と各員身構えたことだろう。

しかし戦闘機がミッドウェー防衛のために残されてしまったため、護衛もなかった「TBF アヴェンジャー」「B-26 マローダー」「零戦」によってなぎ倒され、さらにそれを突破した者たちの攻撃もあまりにも稚拙、というかもはや攻撃の仕方をまるでわかっていない動きだったという。
彼らはミッドウェーから飛び立った攻撃隊だったが、技量どころか経験値すら米粒程度のパイロットたちであった。
使い方を教わって、少し飛んで、その次がこの任務なのである。
後の特攻に近い、無駄骨、犬死とも言える出撃だった。
しかしこれがアメリカの国運を占う今海戦におけるフランク・フレッチャーの覚悟であった。

逆にこちら側が戸惑う攻撃であったが、彼らの攻撃は一切命中せず、計10機のうち1機を除いて全滅した。
日本はここで確信した。
アメリカ恐れるに足らず 我らの勝利は確実だ

時間を巻き戻して午前4時30分、奇しくも日本と同時刻に【ヨークタウン】からも索敵機が発艦されていた。
一方ですでにミッドウェーから索敵のために飛び立っていた「PBY」は、5時半頃についに欲してやまなかった日本の機動部隊の存在を詳らかにした。
こちらの空母3隻はまだ発見されていない、戦いの主導権を握り返す吉報となった。

この頃日本では、真反対の結論を出している。
「本日敵機動部隊出撃の算なし」
空母は出てこない!

ここまで第16任務部隊の司令長官を任されてきたウィリアム・ハルゼーの入院により、急遽代役を務めているレイモンド・スプルーアンスはこの絶好の機会に対して一瞬臆した。
距離が遠すぎるのだ。
この時【エンタープライズ、ホーネット】から南雲機動部隊までの距離は270kmほどあった。
この距離だと艦攻が攻撃をした後に帰ってくることができないからである。
しかしマイルズ・ブローニング参謀長はこの千載一遇の、アメリカの生死の境目になるこの一瞬の好機を握りしめるにはそんな事を考えている場合ではないと非情な訴えをしている。
結果、スプルーアンスは性能も技量も圧倒的に劣る日本軍攻撃に向かうアメリカ兵士に、非情な片道切符を手渡したのだ。

「F4F」「SBD」「TBD デヴァステイター」総勢116機(117機?)が【エンタープライズ、ホーネット】から続々と発艦した。
これも本来やるべきではないのだが、とにかく発艦したものからどんどんと出撃していった。
がむしゃらである、死に物狂いである、そしてこの必死さに神は惚れ込んだ。
午前7時過ぎのことである。

定石か猪突か 時々刻々

7時頃に友永より「第二次攻撃の要あり」の報告があり、南雲は1つの決断を迫られていた。
この戦い、すでに空母は出てこないと結論づけた。
なれば、敵艦隊との遭遇のために待機させている艦爆・艦攻をミッドウェー第二次攻撃に回すほうがいいのではないか。

まだ索敵機からはなんの報告もない。
報告がないということは出てこないということではなく、見つかったか見つからなかったかもわからない。
しかし南雲は予定通り事が進んでいる、空母は出てこないと判断し、7時15分にミッドウェー第二次攻撃のために艦攻の雷装を爆装へ、艦爆の艦船用爆弾を陸用爆弾へ変更させた。
この時後押しをしたのは源田実航空参謀であるが、南雲は大して悩む様子もなかったという。

一方で山口【飛龍】艦長加来止男はこの判断に対しては懐疑的であった。
彼らの頭の中には常に敵機動部隊が蠢いており、早々に敵空母が現れないと結論づけた一航艦の判断を早急だと思っていた。

しかし、7時28分に甘利機より敵艦隊10隻発見の報告を受けると、事態は一変する。
この時点では艦種はまだわかっておらず、草鹿甘利に向かって「艦種知らせ」の打電を送っている。
格納庫では今必死に換装が進められている。
だがこの作業には1時間半かかることが、出撃前の【飛龍】の実験でわかっている。
なおこの結果を重く見た加来は、猛烈な訓練の結果魚雷から爆弾への換装をわずか30分で収めている。
そのため、この報告があった頃には【飛龍】の爆装はあらかた完了していた。

山口加来はこの段階でもうミッドウェーの攻撃ではなく敵艦隊への攻撃へ切り替えるべきだと考えていた。
しかも極めて早急に。
割愛しているが、この瞬間も機動部隊はミッドウェー基地から到来した艦爆・艦攻の空襲にさらされていた。
変わらずの幼稚な飛行と熟練の操艦で被害はなかったものの、「零戦」の銃弾は枯渇しつつあった。

そして上空にはミッドウェー空襲を終えて帰還した友永隊が待機している。
空戦中なので着艦できないのだ。

この友永隊の存在は重大だ。
彼らを着艦させるか、させないか。
これで攻撃開始時刻が大きく変わるのである。
彼らの存在があったため、各艦甲板には1機の飛行機も見当たらない。

空襲が終わり、ようやく静寂が戻ってきた頃に、激震が走る報告が入った。
甘利機より8時11分、「敵巡洋艦5隻、駆逐艦5隻」の報告を受け、さらに20分には「後方に空母らしきもの1隻」と打電してきたのだ(それぞれ10分ほどの誤差あり)。

草鹿の回想である。
「予想していなかったわけではないが、さすがに愕然とした」

爆装は空襲による転舵によりスムーズに進んでいない。
そこへ友永隊の帰還、直掩機の収容と補給、敵空母の襲来。
敵機来襲から1時間半、事態は激変していた。

「現装備のまま直ちに攻撃隊を発進せしむるを至当と認む」

山口から南雲ヘ対しての強烈な意見具申である。
戦闘機なし、艦攻の水平爆撃、艦爆の陸用爆弾による急降下爆撃を強行し、命を惜しまず1分1秒を惜しむという非情なものであった。
南雲の決断力のなさを山口は見抜いており、この怒気すら孕んだ通信によって南雲を動かそうと考えたのだ。
しかし南雲草鹿の判断はあくまでも保守的、平時的、ともすれば平和的で、決してスプルーアンスブローニングのように戦争的ではなかった。
艦船を攻撃するには魚雷が必要だ。
戦闘機なく出撃させるのはよろしくない。

「敵艦隊攻撃準備、雷装其の儘」

再換装である、山口の進言は聞き入れられなかった。
しかし南雲らを見誤らせた原因の1つに、甘利機の敵艦隊の航行位置の誤りがあったことを忘れてはならない。
たらればになってしまうが、正確な距離で報告がされていれば、160kmも近くにいる敵艦隊に向けた積極的攻撃ができた可能性は非常に高い。
当然である、換装が間に合うわけがないからだ。

山口はこの【赤城】からの命令が来る前に発艦させようとした加来を静止している。
南雲の決断に対してぶちまけたいものはあっただろうが、独断専行だけは許さなかった。
この怒りは戦果で返す。
【飛龍】は雷装と徹甲爆弾への再換装を急いだ。

一方で各艦には続々とミッドウェー攻撃隊が収容される。
被弾機は多く、しかもこの緊急事態、修理が急がれたが、万全な状態で飛ぶことは不可能な機も少なくなかった。
その中には飛行隊長の友永の機も含まれた。
友永「九七艦攻」の左翼タンクには穴が空いていた。
これでは、往復ができない。

【蒼龍】からは「十三試艦爆」(のちの「二式艦上偵察機」)が発艦した。
一方で甘利機は燃料の枯渇によって任務継続を拒み、多少強引に帰還を認めさせた。
この代わりを「十三試艦爆」が務めることになるのだが、甘利機の報告した場所には当然敵艦隊はいない。
敵艦隊は忽然と姿を消してしまったことになる。

9時20分頃から再び空襲が始まる。
この空襲こそ、【エンタープライズ、ホーネット、ヨークタウン】から絶え間なく発艦した航空隊である。
ついに機動部隊からの航空機が日本に襲いかかった。
「TBD」14機が果敢に南雲機動部隊に迫ってきた。
だが艦爆、艦戦は雲の中で先行する艦攻を見失ったり、連携ミスで護衛ができず、断続的な攻撃は多くが無防備な艦攻による突撃となってしまう。

一方で「零戦」の疲労の色も隠せなくなってきた。
初空襲から3時間近く、彼らは警戒と戦闘を繰り返しているのである。
だが「零戦」の活躍にはただただ感心するばかりである。
1機、また1機と火を吹いて「TBD」が墜落していく。
7.7mm機銃のいわゆる「豆鉄砲」だけになっても執拗に追い回し、曲芸を見ているように「零戦」の巧みな動きは「TBD」を翻弄した。

巧みなのは「零戦」だけではない。
操艦技術も素晴らしく、敵機の魚雷は全く命中しない。
歓声に包まれる南雲機動部隊。
アメリカ機は我が機動部隊の大勝利を祝うためにやってきた道化である。
そう言わんばかりの活躍と、「TBD」の性能の低さであった。

しかし予兆はあった。
10時10分頃に攻撃に移った「TBD」の動きは、これまでとは異なった。
銃撃を避け、適した高度から投下された魚雷もあり、さらには投下後も撃墜までに時間がかかったりした。

【エンタープライズ、ホーネット、ヨークタウン】の雷撃隊はほとんどが撃墜された。
時刻は10時20分。
雷撃機を追い回していたため、「零戦」は全機が低空飛行をしていた。
道化が牙をむくまで、あと3分である。

後半へ進む

連合国 反撃の狼煙

両者損害

大日本帝国連合国
沈 没
【赤城】【ヨークタウン】
【加賀】【ハンマン】
【蒼龍】 
【飛龍】 
【三隈】 
大 破
【最上】 
中 破
【荒潮】 
喪 失
戦死者 3,057人戦死者 307人
艦載機 289機(うち4機水偵)艦載機 95機
 基地航空機 35機