【伊十五型潜水艦】(巡潜乙型)

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基準排水量2,198t
水中排水量3,654t
一番艦竣工日伊号第十五潜水艦
昭和15年/1940年9月30日
同型艦20隻
全 長108.70m
最大幅9.30m
主 機艦本式2号10型ディーゼル 2基2軸
最大速度水上 23.6ノット
水中 8.0ノット
航続距離水上 16ノット:14,000海里
水中 3ノット:96海里
馬 力水上 12,400馬力
水中 2,000馬力

装 備 一 覧

備 砲40口径14cm単装砲 1基1門
25mm連装機銃 1基2挺
魚雷/その他兵装艦首:53cm魚雷発射管 6門
搭載魚雷 17本
九三式探信儀 1基
九三式聴音機 1基
航空兵装水上機 1機
呉式1号4型射出機 1基
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潜水艦一の大所帯 もっと活躍できた悔やまれる巡潜乙型

昭和11年/1936年の「ロンドン海軍軍縮条約」からの脱退により、日本は再び自由な設計の下で艦船を建造することができるようになります。
特に大きな障害となっていた排水量の上限がなくなったため、主力艦はひたすらに技術力のあるだけを注ぎ込める船の設計に躍起になりました(予算の障害はありますが)。
潜水艦においては、漸減戦力としての潜水戦隊の確立が重要視され、これまでの「巡潜一~三型」をベースとし、旗艦の「甲型」と戦隊を編成する「乙型」の二枚看板で戦力の増強を図りました。

旗艦の「甲型」に対して「乙型」はその旗艦能力が不要なため、大きな違いとしてはこの内部構造と大きさの縮小にあります。
装備面では魚雷が1本少ないことや、「甲型」にはあった九三式聴音機九三式探信儀が装備されていないなどの違いもありますが、設計の基本は両者とも「巡潜三型」のため、全く異なる潜水艦の設計というわけではありません。
当然「巡潜」の特徴である航空兵装も装備しています。

「乙型」はもちろん「甲型」よりも数が多くなければなりません。
その数は帝国海軍史上最も多く、「マル3計画」で6隻、「マル4計画」で14隻と、合計20隻が「乙型」として竣工しました。
ただし開戦前に竣工したのは7隻で、残り13隻は順次竣工、戦力投入と順風満帆な建艦計画とは言えません。
潜水艦の技術は備わっていても、結局数という面で海軍潜水艦は常に準備不足に陥っていました。

出典:『軍艦雑記帳 上下艦』タミヤ

とは言うものの、「乙型」は戦果の乏しい海軍潜水艦において重要な役割を果たした船が多いのもまた事実です。
やがて「潜特型 伊四百型」「晴嵐」の誕生へと繋がる重要な功績を残した【伊25】
戦果は極小でしたが、【伊25】から発射された「零式小型水上偵察機」がアメリカオレゴン州の山林に焼夷弾2発の投下に成功しました。
空襲は昭和17年/1942年9月9日と29日の2回にわたって行われています。
このアメリカ合衆国史上、空前にして絶後の空襲を記録したのがこの「巡潜乙型」に属する【伊25】です。

さらに【伊25】は連合軍のアメリカ・カナダへの砲撃にも成功しています。
アメリカ本土砲撃を行ったのは、それぞれ個艦で時期も異なりますが、【伊17】が昭和17年/1942年2月23日夜(現地時間)にカリフォルニア州を、【伊26】が6月21日にカナダのバンクーバー島を、翌22日に【伊25】がオレゴン州の陸軍基地を砲撃しています。

この空襲、砲撃はいずれも直接的な戦果は非常に乏しいわけですが、いわゆる精神的ダメージというものを植え付けるにはもってこいの作戦でした。
アメリカは長年にわたって本土を外国から攻撃されることがなく、簡単に言えば平和ボケしていました。
第一次世界大戦もアメリカは最初は参戦しておらず、参戦してからも本土が危機にさらされることはありません。
本土での戦争といえば独立戦争・米英戦争・南北戦争でしたが、いずれも独立・米英については相手がイギリスで、外国と言っていいのか何とも言えません。
南北戦争はアメリカ人同士の戦争です。
つまり、アメリカ成立後に同じ民族であるイギリス以外の外国、それも一部差別の対象であったイエローモンキーから攻撃されたというのは、アメリカにとっては恐怖でもあり屈辱でもあり国政への不満爆発にも繋がる、大変大きな出来事だったのです。
日本もそれを見越してこの攻撃を数度行っています。
(あと「ドーリットル空襲」を受けていることも影響しています。)

アメリカはこの攻撃によって箝口令を敷いたり、【伊17】の砲撃の翌々日には正体不明の航空機に向かってロサンゼルスで大規模な対空射撃や迎撃機の出撃が行われるなど、かなり神経質になっていました。
「ロサンゼルスの戦い」と呼ばれる、この日本側も計画していない未確認航空機の襲来はいまだに謎が多いのですが、多数の目撃者やレーダーの反応もあり、それに対して被害ゼロ、戦果もゼロと、アメリカも混乱の中にあったのは間違いありません。

水上艦への戦果では【伊19】【米航空母艦 ワスプ】の撃沈と【米ノースカロライナ級戦艦 ノースカロライナ】中破、【シムス級駆逐艦 オブライエン】大破を同時に成し遂げた戦果が燦然と光ります。
この時【ワスプ】【ノースカロライナ、オブライエン】は10kmも離れていました。
酸素魚雷の隠蔽性と長い射程を物語る攻撃で、さらに【オブライエン】はこの後の処置の問題もあって最終的に沈没しています。

アメリカ本土攻撃を行った【伊26】【米レキシントン級航空母艦 サラトガ】を大破をさせたほか、「第三次ソロモン海戦」での被害を耐えて撤退している【米アトランタ級軽巡洋艦 ジュノー】に止めを刺す(本当の狙いは【米ニューオーリンズ級重巡洋艦 サンフランシスコ】でしたが)など、こちらでも大活躍をしています。
また、失敗はしてしまいますが遣独潜水艦作戦には【伊30、伊34、伊29】が第一次、三次、四次に参加するなど、長航続距離を誇る「巡潜」ならではの任務も多く担っています。

日本の潜水艦は総じて使い方の誤りによって波乱の一生を歩んでいますが、「乙型」は奮戦の証も多く残されています。
撃沈数、撃沈トン数一位はともに【伊10】ですが、いずれも二位は【伊27】の13隻・72,449トン、三位が【伊26】の10隻・56,226トンと「乙型」が並びます。
撃沈トップ5のうち3隻が「乙型」、撃沈トン数トップ5のうち4隻が「乙型」、また潜水艦総撃沈トン数の4割を「乙型~乙型改二」で占めるなど、「乙型」そのものの能力が優れいていたことは間違いありません。
しかし前述の通りこの通商破壊としての運用が遅すぎたため、もっと活躍できるポテンシャルを秘めていたのに宝の持ち腐れとなってしまっています。

20隻のうち太平洋戦争を戦い抜くことができたのは【伊36】1隻のみ、その【伊36】【伊37】は戦争末期に「回天」搭載装備を積んでいます。

出典:『極秘 日本海軍艦艇図面全集』

同 型 艦

伊号第十五潜水艦伊号第十七潜水艦伊号第十九潜水艦
伊号第二十一潜水艦伊号第二十三潜水艦伊号第二十五潜水艦
伊号第二十六潜水艦伊号第二十七潜水艦伊号第二十八潜水艦
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伊号第三十二潜水艦伊号第三十三潜水艦伊号第三十四潜水艦
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