【呂五十一型潜水艦】(L一型)

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常備排水量886t
水中排水量1,075t
一番艦竣工日呂号第五十一潜水艦
大正9年/1920年6月30日
同型艦2隻
全 長70.59m
最大幅7.16m
主 機ヴィッカース式ディーゼル 2基2軸
最大速度水上 17.0ノット
水中 10.2ノット
航続距離水上 10ノット:5,500海里
水中 4ノット:80海里
馬 力水上 2,400馬力
水中 1,600馬力

装 備 一 覧

備 砲28口径7.6cm単装高角砲 1基1門
魚雷/その他兵装艦首:45cm魚雷発射管 4門
舷側:45cm魚雷発射管 2門
搭載魚雷 10本
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性能抜群のイギリス潜水艦 Uボートと並び潜水艦技術の範として多大な貢献

海外技術・設計の輸入が中心だった日本の潜水艦は、大正6年/1917年起工の「海中一型」から国産の道が開けていきます。
しかしこれまでの水上艦建造よりもはるかに短期間で潜水艦技術は向上しており、また国産化が始まったといっても列強には遠く及ばないのが現実です。
貿易は引き続き行われ、そして結果的に最後に技術輸入をすることになったのがこれから紹介する「L型」です。
この後第一次世界大戦が勃発、終結し、日本はこの戦争中に突如として現れた海中の悪魔「Uボート」を図らずも手に入れることができました。
そのため、貿易という流れで日本にやってきたのはこの「L型」が最後となります。

ヴィッカース社とライセンス契約を結び、三菱重工業が当時のイギリス最新潜水艦だった「L級潜水艦」の建造を行います。
「L一型」「八四建造計画」の計18隻の潜水艦の中の2隻であり、「L一型」の部品を一部国産化するなどの改良がある「L二型」や、「海中三型」までが含まれています。

同時期に契約の下で建造が決まっていたのが、イタリアフィアット社の「F一型」です。
しかし誕生してからわかることですが、「F一型」は船体強度、機関に問題を孕んでおり、納得できる潜水艦ではありませんでした。

さて、「L一型」はイギリスでは水上速度向上を第一目的として設計された潜水艦です。
第一次世界大戦で活躍した「E級潜水艦」は世界で初めて航空機を搭載した潜水艦であるなど革新的な潜水艦でしたが、戦う中で水上14ノットという速度には不満がありました。
それを解消すべく設計された「L一型」は、戦争には間に合わなかったものの、水上17ノット、水中でも10ノットの速度を発揮することができました。
さらに航洋性もあり、間に合っていればどれだけの活躍ができただろうかと思われるほどの性能を持っていました。

その「L級潜水艦」をコピーするわけですから、当然「L一型」も日本では歓迎される潜水艦でした。
これまでの潜水艦に比べて大型化している分、安定感も増して耐波性もある、さらに居住性も改善されてなおかつ速度も出る。
加えて「F一型」で頭を抱えたディーゼルも、ヴィッカース式ディーゼルはすこぶる良好と、輸入した甲斐がある潜水艦でした。

「S型」で導入されていた複殻式を本艦では部分的に採用しており、「S型」から無駄を省いたような構造になっています。
もちろんタンクや浮力のメリットは維持され、フランス技術とイギリス技術の融合がなされていました。
前述の通りディーゼルも整備含めて非常に扱いやすく、まだまだ未知の世界が多く、また「F型、海中型」ディーゼルの不調に困っていた日本にとって、このヴィッカース式ディーゼルはディーゼル技術の発展にも大きな影響を与えています。
「L四型」までの全ての「L型」がこの半複殻式とヴィッカース式ディーゼルを導入しました。

「L一型」は2隻だけの建造で、うち【呂52】は昭和7年/1932年に除籍となっていますが、【呂51】「海中四型」と同じ昭和15年/1940年まで現役で、いかに機関が艦寿命を伸ばすかがよくわかる存在でした。

同 型 艦

呂号第五十一潜水艦呂号第五十二潜水艦