セイロン沖海戦

重巡洋艦

筑摩【利根型重巡洋艦 二番艦】

「改鈴谷型重巡洋艦」とも言える「伊吹型重巡洋艦」の1番艦【伊吹】の建造が始まるのですが、戦況の変化により【伊吹】は空母へ改装されることになり(しかし空母にも改装されず建造途中で解体)、【筑摩】は帝国海軍最後の重巡洋艦となりました。 書類上の分類では【高雄型重巡洋艦 鳥海】が最後ですが、【筑摩】は【利根】同様、書類上以外の全ては重巡そのものでした。
重巡洋艦

利根【利根型重巡洋艦 一番艦】

主砲は船体の前後に配備されるものでしたが、その主砲を前部へ集中させ、後部は水上機の配備・発射用の設備を整えるというものに変更。 その代わり3番、4番砲塔は最初から後ろ向きにしておきました(当然前方へ向けることもできます)。 主砲は20.3cm連装砲4基と、「最上型」より1基減りますが、その代わり水上機搭載数は6機と、「最上型」の倍(【最上】竣工時と比較)。
航空母艦

飛龍【航空母艦】

「ワシントン海軍軍縮条約」によって、【赤城】と【加賀】が戦艦から空母へと改造されてからおよそ7年。 日本には当時、上記の2隻の他に【鳳翔】と【龍驤】の計4隻が在籍していました。 条約で決められた保有制限の81,000tからこの4隻の総基準排水量を差し引くと12,630t。 そのうちの【鳳翔】は艦齢が16年に迫っており、廃艦を予定していました。
航空母艦

蒼龍【航空母艦】

「ワシントン海軍軍縮条約」によって、【赤城】と【加賀】が戦艦から空母へと改造されてからおよそ7年。 日本には当時、上記の2隻の他に【鳳翔】と【龍驤】の計4隻が在籍していました。 条約で決められた保有制限の81,000tからこの4隻の総基準排水量を差し引くと12,630t。 そのうちの【鳳翔】は艦齢が16年に迫っており、廃艦を予定していました。
航空母艦

赤城【航空母艦】

帝国海軍が誇る、世界最強の第一航空戦隊の旗艦であった【赤城】は、もとは巡洋戦艦でした。 「八八艦隊計画」が「ワシントン海軍軍縮条約」や予算不足により途中断念となり、様々な艦が廃棄・廃案になりました。 【赤城】は、先に完成していた【長門】よりも大きく、【長門】よりも砲門数が多く、【長門】よりも速く、
戦 艦

霧島【金剛型戦艦 四番艦】

初の超弩級戦艦【金剛】、初の国産超弩級戦艦【比叡】、そしてこの【霧島】は、三番艦【榛名】とともに、初の民間造船所建造の戦艦となりました。 そして【榛名】と同じ日に竣工日を迎えるなど、まさに双子として誕生した【霧島】は、実は長女たる【金剛】との類似性のほうが高いのです。
戦 艦

榛名【金剛型戦艦 三番艦】

初の超弩級戦艦【金剛】、初の国産超弩級戦艦【比叡】、そしてこの【榛名】は、四番艦【霧島】とともに、初の民間造船所建造の戦艦となりました。 主砲もここで初めて国産の35.6cm連装砲が搭載されます。 【榛名】を建造した川崎造船所と【霧島】を建造した三菱長崎造船所が、激しいライバル争いを繰り広げる事にもなりました。
戦 艦

金剛【金剛型戦艦 一番艦】

1900年代の時点で日本で最も有名だった戦艦は、「日本海海戦」で大国ロシアのバルチック艦隊を打ち破った【敷島型戦艦 三笠】でした。しかしその【三笠】はイギリスのヴィッカース社製。世界の軍拡の波は徐々に大きくなっており、日本も将来を見据えて初めて自前で戦艦を建造します。
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