
起工日 | 昭和14年/1939年5月23日 |
進水日 | 昭和15年/1940年6月18日 |
竣工日 | 昭和16年/1941年3月31日 |
退役日 (沈没) | 昭和18年/1943年8月6日 ベラ湾夜戦 |
建 造 | 浦賀船渠 |
基準排水量 | 2,033t |
垂線間長 | 111.00m |
全 幅 | 10.80m |
最大速度 | 35.0ノット |
航続距離 | 18ノット:5,000海里 |
馬 力 | 52,000馬力 |
主 砲 | 50口径12.7cm連装砲 3基6門 |
魚 雷 | 61cm四連装魚雷発射管 2基8門 次発装填装置 |
機 銃 | 25mm連装機銃 2基4挺 |
缶・主機 | ロ号艦本式缶 3基 |
艦本式ギアード・タービン 2基2軸 |
嵐とともに輸送に明け暮れた萩風
【萩風】は【野分・嵐・舞風】とともに第四駆逐隊を編成、第四水雷戦隊に所属することになります。
太平洋戦争開戦後、通商破壊を行っていた【野分・嵐】の第一小隊とは別で、【舞風】と第二小隊を組織、南雲機動部隊警戒隊に充てられ、「セイロン沖海戦」にも参加しています。
この海戦では【赤城】が爆弾が直撃しそうになる空襲にあいますが、それに対して対空射撃を行ったのが【萩風】です。
しかし現場では当時の機動部隊、ひいては軍本部の慢心が伝わってきていて、「【赤城】に爆弾が落ちたほうが身が引き締まったんじゃないか」という声まで出ている始末でした。
残念ながらこの体質は改善されず、道行く人が「ミッドウェー」の言葉を発するほどの情報管理のまま、「ミッドウェー海戦」が始まります。
案の定アメリカの準備万端な艦隊に徹底的に攻撃され、一航戦、二航戦は壊滅します。
【萩風】は迫り来る【米ナーワル級潜水艦 ノーチラス】を追い払いますが、もはや爆発炎上している空母を守るすべは残されていません。
【加賀】の乗員を救助したあと、船体は無事なのでなかなか沈まない【赤城】の雷撃処分を【嵐】とともに行い、偉大なる一航戦の最期を看取りました。
惨敗から2ヶ月後の8月、今度は「ガダルカナル島の戦い」が始まり、陸海双方の奮闘が各地で行われます。
【萩風】はサボ島周辺で米魚雷艇を数隻撃沈させていますが、空襲によって舵が故障する事態も発生。
【山雲】に護衛、のち推進器の損傷によって曳航されて横須賀へと戻っています。
修理期間は長く、復帰は昭和18年/1943年の1月になってしまいました。
多くの海戦があった「ガダルカナル島の戦い」はもはや日本の敗北が確定しており、「ガダルカナル島撤収作戦(ケ号作戦)」がはじまるところでした。
さらに第四駆逐隊は【野分・舞風】が損傷、【萩風】が再び南方海域に戻った時、彼女を待っていたのは【嵐】だけでした。
しかしその【嵐】も応急処置を受けて「ガダルカナル島撤収作戦」の支援を行っていた状態で、撤退完了後、【嵐】も横須賀へと戻ることになります。
一時的とはいえ1隻だけとなってしまった【萩風】は、輸送任務でこれまでの空白期間を取り戻そうと頑張ります。
「コロンバンガラ島輸送作戦」には第二次、第四次に参加。
しかし続く第五次で【陽炎・黒潮・親潮】が敷設された機雷に触雷して相次いで沈没。
その救助にも【海風】とともに向かっています。
さらに7月には輸送物資や戦車なども積み込んだ【日進】を護衛する輸送船団の一員となりますが、目的地であるブイン島を目前にして空襲を受け、【日進】は沈没してしまいます。
日本の不幸は続きます。
同じく輸送に中に発生した「クラ湾夜戦・コロンバンガラ島沖海戦」では当時の二水戦、三水戦の旗艦と司令部をそれぞれ喪失する手痛い被害を負っていまいます。
そして【萩風】がかつて所属していた第四水雷戦隊は、そのまま第二水雷戦隊と統合されることとなりました。
【萩風】はこれらの海戦に参加していませんが、この頃は「ニュージョージア島の戦い」があり、そこへ輸送を行う船団を襲撃することが日米ともに増えていました。
8月、やはり輸送任務中に発生したのが、「ベラ湾夜戦」です。
この海戦はアメリカ側にとっては非常に重要な海戦で、レーダーを駆使し、ほとんど自軍に損傷なく完勝することができた海戦となります。
日本でも電探がありましたが、その精度はアメリカに比べるとずいぶん劣っており、また資金の面からも精神的な面からも夜目を光らせて周囲の状況をチェックしている状態でした。
しかし「ベラ湾夜戦」ではこのレーダーによる攻撃の安全性と確実性を確固たるものとし、【萩風・嵐・江風・白露】の4隻で輸送を行っていた日本の駆逐艦隊に奇襲を仕掛けることに成功します。
あまりにも発見が遅く、見つけた時にはすでに魚雷が目の前まで迫っていました。
大きな衝撃とともに【江風】が轟沈、また【萩風・嵐】の被害も大きく、ともに舵が故障していまいます。
スクリューが健在とはいえ、舵の切れない船を狙うことは難しくありません。
無数の砲弾を浴びた【萩風】は【嵐】とともにこの戦いで盛大に爆発して沈んでいきました。
その光景はまるで花火、まるで火山のようとまで言われ、【時雨】を除く3隻が沈没。
アメリカへ何一つ傷を残すことができず、完敗してしまいました。