ワシントン海軍軍縮条約

その他の艦船

迅鯨【迅鯨型潜水母艦 一番艦】

起工日 大正11年/1922年2月16日 進水日 大正12年/1923年5月4日 竣工日 大正12年/1923年8月30日 退役日(沈没) 昭和19年/1944年10月10日(十・十空襲) ...
重巡洋艦

加古【古鷹型重巡洋艦 二番艦】

日本では5,500t級の最終型である「川内型巡洋艦」の一番艦【川内】が大正11年/1922年2月に起工間近となっていました。 しかし「川内型」では依然アメリカの巡洋艦の力には及びませんでした。 そんな中で2月6日に「ワシントン海軍軍縮条約」が締結、これによって本来予定されていた四番艦【加古】の建造は艦隊計画の全見直しのために中止となってしまいました。
重巡洋艦

古鷹【古鷹型重巡洋艦 一番艦】

「ワシントン海軍軍縮条約」の締結によって新型巡洋艦の必要性は一気に戦艦級にまで高まります。 巡洋艦の制限は、基準排水量1万t以下、主砲口径5インチ以上8インチ以下。 これにより、主砲を最大の20cmとし、計画基準排水量7,100tで、海軍の理想とする巡洋艦「古鷹型(当時加古型)」の建造が11~12月に始まったのです。
戦 艦

陸奥【長門型戦艦 二番艦】

【長門】が起工した翌年、今度は横須賀で、妹の【陸奥】が起工されました。 大正9年/1920年に竣工した【長門】の登場が世界を驚かせたため、【陸奥】にも同様、いやそれ以上の期待感が込められて、建造は続けられました。 しかし、そんな【陸奥】が突如廃艦の危機に襲われます。 あまりにも優秀だった【長門】を見た米英が、大正10年/1921年に「ワシントン海軍軍縮会議」を開催し、軍艦の建造数を制限することにしたのです。
戦 艦

長門【長門型戦艦 一番艦】

多数の欠陥に頭を悩まされるも、戦艦を建造するスキルを身につけた日本は、いよいよ本格的に軍艦の増備を行います。 【長門】は、明治40年/1907年に立ち上がった「八八艦隊計画」の一隻として、大正9年/1920年に竣工します。 これまで世界は米英が最新鋭軍艦を建造・所持し、それに西欧が続き、さらにあとから日本が追いかける構図でした。 しかし、この【長門】の誕生は、米英をはじめ、世界を震撼させる大事件となったのです。
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