全 長 | 7.56m |
全 幅 | 2.85m |
全 高 | 2.85m |
自 重 | 30t |
最高速度 | 35~40km/h |
走行距離 | |
乗 員 | 6人 |
携行燃料 | |
火 砲 | 試製十糎対戦車砲 1門 |
エンジン | 空冷ディーゼルエンジン |
最大出力 | 450馬力? |
自走砲最強の貫通力 将来は200mm貫通を目指すもあえなく終戦
太平洋戦争も半ばに差し掛かり、開戦当初の勢いは完全に過去のもの、各地で日本は劣勢に、よくても拮抗状態を維持するのが精一杯という状態でした。
この状況では資源力で圧倒的に勝る連合軍に利であることは日本にも十分理解していて、これを打破するために陸軍では昭和18年/1943年6月30日に陸軍軍需審議会幹事会を開きます。
ここでは前年のを改定し、今後の兵器開発をより現実に沿った未来志向のものへとするものでした。
具体的に言えば、前年の「口径57mmの自走砲」開発というものを白紙として、一気にほぼ倍の「100mm自走砲」を開発するというものでした。
この辺りの数字は【五式砲戦車 ホリ】と類似していますが、【ホリ】の貫通力は1,000mで150mmでしたが、この改定版の新自走砲は、最終的にはこれよりもさらに強力な1,000mで200mmを達するというものでした。
過剰じゃない?と思うかもしれませんが、同年9月から生産が始まったドイツの【Ⅳ号戦車 ティーガーⅡ】は前面装甲180mmに加えて10度の傾斜があります。
つまりこれぐらいの貫通力がなければ撃破できない戦車がもう間もなく誕生するわけで、決して過剰な数字ではありません。
ただ、当時の日本の技術ではいきなり200mm装甲を貫通させることができる砲を開発することはほぼ不可能で、最初はやはり150mm貫通の威力で生産することになります。
続いて【ホリ】との差別化です。
【ホリ】もこの新型自走砲【試製十糎対戦車砲自走砲 カト】も戦車砲、対戦車砲の違いはあれど結局105mm砲です。
わざわざ2種類造るのは無駄じゃないのか?
しかし日本はわざわざ2種類造らざるを得ない理由がありました。
【ホリ】の項目でも述べていますが、【ホリ】は砲塔旋回化させることができませんでした。
そして【ホリ】はとにかく40tという重量もネックでした。
この2点は戦車支援砲である砲戦車としては使えても、歩兵・砲兵支援や自陣防衛のための自走砲としては大きな問題だったのです。
また、根本的に自走砲と砲戦車は所属が違うという点も忘れてはいけません。
かつて【ホニⅠ】が自走砲でありかつ砲戦車として使われることになりましたが、あれは自走砲→砲戦車だから可能なのであって、砲戦車→自走砲というのはなかなか制約が多くて簡単ではありません。
これがせめて旋回砲塔であれば兼用させることもできたかもしれません。
これに対して【カト】は完全旋回型ではないものの両側45度ずつ旋回させることができます。
基本的に自走砲は側面や後方からの攻撃が心配ない場所で運用します。
だから側面や後方が開放されていても許されるのです。
つまり、自走砲にとって45度ずつの旋回は実質全周砲塔と言っても過言ではありません。
また、左右の視界を広くしており、車体の側板を外に倒して足場にすることもできました。
車体は【四式中戦車 チト】を参考にして新設計することになります。
できればそのまま流用したいのですが、今回新開発することになった試製十糎対戦車砲は砲だけでも7tもの重さがあります。
オープントップ方式にしても、元が重すぎるために流用すると車体が砲を支えきれないのです。
結局軽量化を図るために、対戦車自走砲の役割を担うのに前面装甲は25mmと当時としては全然安心できない厚みになってしまいます。
また、車体も【チト】の厚い装甲が同じようにそぎ落とされ、前面装甲は砲塔と同じく25mmになってしまったなど、全体的に防御力が犠牲となっています。
エンジンは【チト】と同じものを搭載していると思うのですが、明確にそのように記載されている資料には巡り合っていません。
【カト】は装甲を増やし運動性を落とすよりも、重量を落として運動性を維持する方法を選択しています。
自走砲としては機動力のほうが大切ですからこの判断は妥当でしょう。
試製十糎対戦車砲は昭和19年/1944年6月に設計が完了し、そこから約1年後の昭和20年/1945年5月に試作砲が2門完成します。
性能は要求通り1,000mで150mm装甲を貫通するもので、初速約900m/sという点も【ホリ】搭載の試製十糎戦車砲(長)と同じです。
ところが砲は完成しても肝心の車輌がまだ完成していませんでした。
当時は慢性的な資源不足で、さらに軍需工場も日本中の空襲によって次々と破壊されてしまい、どれだけ急かしてもできないものはできなかったのです。
結局【カト】は【ホリ】同様、砲あって車なしという状態で終戦を迎えるに至ります。
遅れていた日本の火砲開発を一気に列強最前線まで引き揚げるために開発された【カト】と【ホリ】。
いずれも未完で車載状態で砲撃をした記録はないものの、計画値がそのまま攻撃力として反映されたとしたら、ドイツの駆逐戦車【ヤークトティーガー】の128mm砲が建物越しの【M4中戦車 シャーマン】を貫通破壊したということに近いことができたかもしれません。