玄作戦

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【玄作戦】とは、特攻兵器「回天」を用いた特攻作戦のこと。

1944年、アメリカの進軍は留まるところを知らず、2月にはマーシャル諸島に集結していた。
このままではマリアナまでもアメリカの手に渡ってしまう危機的状況であった日本は、航空機による夜間の大規模奇襲で敵艦隊や航空部隊を殲滅する作戦を立案した。
これを【雄作戦】と呼ぶ。

しかし【雄作戦】は実現性や成果に大きな疑問が残り、また当時の搭乗員の未熟さなどから、被害も甚大なものになるとされていた。
更に追い打ちをかけるように、【海軍乙事件】によって古賀峯一連合艦隊司令長官が殉職し、結局【雄作戦】は実現しなかった。

数ヶ月後、「マリアナ沖海戦」でも敗北した日本は絶対国防圏を突破され、なりふりかまっていられなくなる。
そこで実行に移されたのが、特攻兵器による突撃だった。
当時特攻兵器「回天」の実用化が目前に控えており、この「回天」を用いた襲撃が計画され、それを【玄作戦】と呼んだ。

「回天」は潜水艦に搭載されて運搬され、一定の距離で発射されて目標に特攻を行う。
使用する「回天」の数は32基とされ、目標はメジュロ・クェゼリン・ブラウンに停泊している空母となった。

第一次玄作戦は11月20日に行われたが、空襲警報が確認されたものの戦果は確認できなかった。
戦後、少なくともアメリカのタンカーが1隻沈没していることが判明したが、それ以外の戦果については未だにわかっていない。
また、合計3隻派遣された潜水艦のうち1隻は、作戦前日の19日に撃沈されていることがわかっている。

1945年1月にも第二次玄作戦が実施されたが、こちらの詳細は不明。
なお、【玄作戦】を含めた「回天」の出撃数は148基と言われているが、その戦果はやはり曖昧で、確実なものでも撃沈4隻、損害も10隻程度となっている。