キスカ島撤退作戦 | 大日本帝国軍 主要兵器

キスカ島撤退作戦

1943年

キスカ島撤退作戦 前編

キスカ島撤退作戦(ケ号作戦) 前編(ショーフク着任) 中編(幻影艦隊)へ後編(奇跡)へ 参考資料:「キスカ島 奇跡の撤退 木村昌福中将の生涯」(将口泰浩)他 作戦参加戦力 ...
1943年

キスカ島撤退作戦 中編

キスカ島撤退作戦(ケ号作戦) 中編(幻影艦隊) 前編(ショーフク着任)へ後編(奇跡)へ 参考資料:「キスカ島 奇跡の撤退 木村昌福中将の生涯」(将口泰浩)他 作戦参加戦力 ...
1943年

キスカ島撤退作戦 後編

キスカ島撤退作戦(ケ号作戦) 後編(奇跡) 前編(ショーフク着任)へ中編(幻影艦隊)へ 参考資料:「キスカ島 奇跡の撤退 木村昌福中将の生涯」(将口泰浩)他 作戦参加戦力 ...
1943年

史上最大の最も実践的な上陸演習

コテージ作戦 キスカ島撤退作戦 前編(ショーフク着任)へ 参考資料:「キスカ島 奇跡の撤退 木村昌福中将の生涯」(将口泰浩)他 トーマス・C・キンケイド中将はアダック島からの補給を終え...
潜水艦

【伊七型潜水艦】(巡潜三型)

基準排水量 2,231t 水中排水量 3,583t 一番艦竣工日 伊号第七潜水艦 昭和12年/1937年3月31日 同型艦 2隻 全 長 109.30m 最大...
駆逐艦

島風【島風型駆逐艦 一番艦】

「丙型駆逐艦」は昭和14年/1939年の「マル4計画」では試作艦である【島風】の建造が決定され、そして昭和16年/1941年に起工。 続く昭和17年/1942年には「マル5計画」で16隻の建造が計画されました。 しかし昭和17年/1942年はあの「ミッドウェー海戦」があった年です。 まさかの大敗北に直面した司令部は、航空戦となった戦争が【島風】を置き去りにしていることを痛感してしまったのです。
駆逐艦

長波【夕雲型駆逐艦 四番艦】

「夕雲型」四番艦の【長波】は「ミッドウェー海戦」後に竣工。 【長波】は【巻波・高波】とともに第三一駆逐隊を編成しました。 初陣は遅く、10月13日のヘンダーソン飛行場艦砲射撃の護衛に就いたのが初。 自身も艦砲射撃に加わった一方で、この砲撃を阻止しにきた魚雷艇を追い払ってもいます。 その後26日にも「南太平洋海戦」に参加し、ここから徐々に【長波】の出番が増えていきます。
駆逐艦

夕雲【夕雲型駆逐艦 一番艦】

「朝潮型」から「陽炎型」へと歴史は進みましたが、「陽炎型」でもやはり帝国海軍が目指す駆逐艦の有り様には至っていませんでした。 「陽炎型」で大きく犠牲となったのはその最高速度です。 大きく、そして重武装になるに連れて日本の駆逐艦の速度は落ちる一方で、「陽炎型」では36ノットを目指したものの航続距離を優先した結果35ノットで妥協。
駆逐艦

朝雲【朝潮型駆逐艦 五番艦】

起工日 昭和11年/1936年12月23日 進水日 昭和12年/1937年11月5日 竣工日 昭和13年/1938年3月31日 退役日(沈没) 昭和19年/1944年10月25日スリガオ海峡...
駆逐艦

初霜【初春型駆逐艦 四番艦】

【初霜】は進水式の際、突然急停止して支柱を折るという失態を犯しています。 進水式は小さなお祭りのようなもので、軍楽隊の演奏も行われますし多くの関係者も出席するハレの場です。 その目の前で失態を犯したのは、先の公試で戦慄を走らせたあの「初春型」です。 今後の雲行きに不安を覚えるのはしかたのないことでしょう。 しかしそんな不安をよそに、【初霜】は駆逐艦随一の大活躍をする将来を背負っていくのです。