ベラ湾夜戦/ベラ湾海戦

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ベラ湾夜戦
(非公式名称)
ベラ湾海戦

戦闘参加戦力

大日本帝国連合国
司令官:杉浦嘉十大佐第31.2任務部隊
輸送隊(指揮官:フレデリック・ムースブルッガー中佐)
・第四駆逐隊 駆逐艦【ダンラップ】
 駆逐艦【萩風】 駆逐艦【クレイヴン】
 駆逐艦【嵐】 駆逐艦【モーリー】
 駆逐艦【江風】 駆逐艦【ラング】
警戒隊 駆逐艦【スタレット】
 第二七駆逐隊 駆逐艦【スタック】
 駆逐艦【時雨】 
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東京急行を遮断せよ アメリカ流砲雷撃戦の確立

1943年2月7日、日本は3度に渡るガダルカナル島撤退作戦を成功させ、予想以上の成果を上げた。
しかし当然ながら戦線は後退し、日本はニュージョージア島南端のムンダの防衛を固めることになる。
4月にはムンダやラバウルの飛行場からガダルカナル島・ニューギニア島を空襲する「い号作戦」を発動させるが、大きな戦果を上げるどころか、大きな損失を被った。
さらに6月16日の「ルンガ沖航空戦」も大損害を負い、この時点で日本の戦闘可能な航空機の数は激減した。

6月30日、アメリカはニュージョージア島侵略の足がかりとして、ニュージョージア島南方たった10kmのレンドバ島へ上陸。
日本はレンドバ島逆上陸を目論見、ニュージョージア島北西にあるコロンバンガラ島へ増援部隊を輸送したが、7月5~6日にかけてニュージョージア島とコロンバンガラ島の間にあるクラ湾で勃発した「クラ湾夜戦」で、【新月・長月】と第三水雷戦隊司令部を失った。

一方7月4日には米軍の一部がニュージョージア島ムンダの東方にあるザナナに上陸。
帝国陸軍は激しく抵抗し、足止めには成功したが、一方で増援部隊を送るところで発生した7月12日の「コロンバンガラ島沖海戦」では、輸送は成功するものの【神通】と第二水雷戦隊司令部を失った。
第二、第三水雷戦隊司令部を立て続けに失った海軍は、単純な被害隻数、被害人数以上の大きな穴に頭を悩ませることになる。

そして8月6日午前0時30分、再び増援としてラバウルから2つの輸送隊が出発した。
一方はブインへ向けて【川内】、もう一方はコロンバンガラへ向けて【萩風・嵐・江風】であった。
また、コロンバンガラ隊には加えて警戒隊として【時雨】が同行した。
この輸送は「鼠輸送」の一環である。

対するアメリカの第31.2任務群は、偵察機から「東京急行出発」の報告を受ける。
ツラギ島で待機していた第31.2任務群の駆逐艦6隻とフレデリック・ムースブルッガー中佐は、待ち伏せて奇襲を仕掛ける作戦を立てる。
すなわち、一方の駆逐隊による雷撃による夜間奇襲と、もう一方の駆逐隊による一斉砲撃という2段作戦である。
アメリカはすでに駆逐艦にもレーダーが搭載されており、闇夜に紛れた奇襲作戦が可能な環境にあった。
午前9時30分、第31.2任務群はツラギ島を出発。

コロンバンガラ輸送隊は【萩風・嵐・江風・時雨】の単縦陣で30ノットの速度で航行していた。
午後9時30分、右舷にベララベラ島、左舷前方にコロンバンガラ島があるベラ湾内に進入。

一方第31.2任務群は先行してコロンバンガラ島西岸に3隻ずつ2つの駆逐隊を配置。
奇襲担当の第12駆逐群は15ノットの速度で北上、砲撃担当の第15駆逐群は待機していた。

今回の奇襲作戦に置いて重要なのは、光源の一切を廃すること。
日本はレーダーこそ持っていないものの、これまで主に肉眼によって夜戦の主導権を握ってきた。
僅かな光でも奇襲作戦の失敗に直結する。
指示があるまで一切の砲撃を禁じ、魚雷発射管にはカバーを取り付けてとにかく光がもれないように、レーダーのみで敵の居場所を把握すべく徹底させた。

午後9時33分、コロンバンガラ輸送隊がベラ湾に進入してから3分後、魚雷担当の第12駆逐群先頭の【ダンラップ級駆逐艦 ダンラップ】のレーダーに反応があった。
待ち構えていた輸送隊である。
午後9時36分、ムースブルッガー中佐は攻撃開始を命令。
第12駆逐群はコロンバンガラ輸送隊とすれ違う形で、闇夜に紛れて63秒間隔で3隻合計24本の魚雷を発射。
同時に待機中の第15駆逐群に対し、南進するコロンバンガラ輸送隊に対してT字戦法を取れるように西進するように命令を下す。
第12駆逐群は魚雷発射後、速やかに距離をおいた後、同航戦を仕掛けるべくUターンしてコロンバンガラ輸送隊の側面を追った。

第12駆逐群が魚雷を発射している最中、コロンバンガラ輸送隊でも左舷に敵影を発見。
報告は「巡洋艦2隻、駆逐艦3隻」であった。
果たして3隻を5隻と見間違えたのか、前方で待ち伏せている3隻のうちの2隻も視界に入ったための5隻報告なのかは不明。
しかしその報告の直後、正確無比に放たれた魚雷が次々とコロンバンガラ輸送隊を襲う。
【萩風・嵐】のそれぞれに2本、【江風】に3本の魚雷が直撃し、【江風】はこの雷撃によって轟沈した。
一方警戒隊として3隻よりも1000m後方で航行していた【時雨】は、辛うじて雷撃を回避している(後に舵付近に穴が空いていたことから、不発であるものの1本の被雷が確認された)。

【萩風・嵐】が航行不能になっている中、第15駆逐群が狙い通りT字戦法で立ちふさがり、動けない2隻に対して一斉砲撃を開始。
輸送物資を積んでいた3隻は大爆発を起こして沈没していった。
その爆発の様子はコロンバンガラ島を挟んだ島東岸のベラ湾からも見えたと言われている。

唯一被害をうけることがなかった【時雨】は、面舵に転舵して魚雷8本を放って待避。
しかし戦果なく、次発装填後に戦場へ戻ったものの、合計5隻(という認識)の敵に対して勝算がないと判断。
被害:駆逐艦3隻、戦果:ゼロ、輸送:完全未達という完敗を喫した。
日本はこの「ベラ湾夜戦」の結果を受けて、ムンダ防衛を諦めてコロンバンガラ島まで戦線を下げざるを得なくなる。

この海戦は日米海戦の大きな転換期であった。
それは「夜戦による日本の初の完全敗北」であったことである。
これまで夜戦は日本が有利とされ、それは戦果からも明らかであった。
ところが「ベラ湾夜戦」は日本が一方的に蹂躙され、なおかつアメリカに全く被害がない夜戦であり、これはすなわちレーダーが夜戦において非常に有効な兵器であることの証明でもあった。
そしてこの戦法は、日本が想定した砲雷撃戦による奇襲の完成形とも言え、日本は性能でも夜戦戦法でもアメリカにお株を奪われたことになる。

アメリカの完勝

両者損害

大日本帝国連合国
沈 没
【萩風】 
【嵐】 
【江風】