ロンドン海軍軍縮条約 | 大日本帝国軍 主要兵器

ロンドン海軍軍縮条約

重巡洋艦

主砲換装だけじゃない 最上型はどこが凄い?

さて、条約型巡洋艦がいずれも制限いっぱいの性能を持っていたのと同じく、この度新造する軽巡洋艦「最上型」もまた、制限いっぱいの性能を持たせるのは当然です。 早々に砲は15.5cm砲で決定、排水量は50,955tを分割した結果、「最上型」...
用 語

ロンドン海軍軍縮会議・条約

【ロンドン海軍軍縮会議・条約】とは、1930年1月21日から4月22日までロンドンで行われた、「ワシントン海軍軍縮条約」に調印した五カ国の補助艦艇の制限について話し合われた会議と、採択された条約のこと。 1922年に採択された「ワ...
駆逐艦

陽炎【陽炎型駆逐艦 一番艦】

太平洋戦争で駆逐艦の主力となった「甲型駆逐艦・陽炎型」です。 「陽炎型」で海軍が要求したことは、 1.速度36ノット以上 2.航続距離18ノット:5,000海里以上 3.「吹雪型」を超えない大きさ と大きく3つです。 特に航続距離は、海軍が何年も口うるさく要求している至上命題でした。
駆逐艦

朝潮【朝潮型駆逐艦 一番艦】

「特型駆逐艦」の建造から10年が経とうとしていた昭和10年/1935年、日本は駆逐艦で大きな試練を抱えていました。 「ロンドン海軍軍縮条約」によって駆逐艦排水量が1,500t以下に抑えられ、その条約に基づいて建造された「初春型」は改造に次ぐ改造を施すほどの大失敗、続く「白露型」も「初春型」の教訓を活かして建造されたものの、「『特型駆逐艦』に準ずる能力をもつ中型駆逐艦」という目標には至っていませんでした。
駆逐艦

求めすぎた結果、大損した初春型

日本が誇るべき駆逐艦である「特型駆逐艦」、その優秀な存在は、徐々に海軍にとって重すぎるものになってきました。 それは、建造コストです。 「特型」は強すぎるのでとにかくたくさんほしいのですが、工程が多く建造コストは予算に大きく...
駆逐艦

駆逐艦の歴史を変えた特型駆逐艦のすごさとは

日本は「江風型」を区切りに独自の駆逐艦設計へ大きく踏み出しました。そこから「峯風型」「神風型」「睦月型」と着実に能力を向上させ、「睦月型」では12cm単装砲4基に加えて61cm三連装魚雷発射管を2基搭載し、世界最強クラスの武装を持った駆...
その他の艦船

【鴻型水雷艇】

鴻型水雷艇【鴻】 起工日 昭和9年/1934年11月8日 進水日 昭和10年/1935年4月25日 竣工日 昭和11年/1936年10月10日 同型艦数 8隻 次...
その他の艦船

【千鳥型水雷艇】

千鳥型水雷艇【千鳥】 起工日 昭和6年/1931年10月13日 進水日 昭和8年/1933年4月1日 竣工日 昭和8年/1933年11月20日 同型艦数 4隻 次...
重巡洋艦

三隈【最上型重巡洋艦 二番艦】

【最上】と同じく、将来的に重巡洋艦として20.3cm連装砲を装備することを前提に建造された軽巡洋艦【三隈】です。 「バタビア沖海戦」では日本の輸送船団を狙う連合軍と対峙し、【米ノーザンプトン級重巡洋艦 ヒューストン】、【豪パース級軽巡洋艦 パース】を撃沈させます。 日本の輸送船団にも損傷が出ますが(【最上】の誤射含む)、この海戦では一応の勝利を手にします。
重巡洋艦

最上【最上型重巡洋艦 一番艦】

昭和5年/1930年になると、日本は軽巡洋艦の老朽化に伴う代替艦の建造を計画していました。 「天龍型」は竣工してから10年になり、しかも3,500t級の小型設計。 「球磨型」の【球磨・多摩】も5,000t級ではあるものの大正9年/1920年、21年竣工でした。 軍縮の流れがあるとはいえ、このままでは国家を守る軍備が滞ってしまいます。