航空母艦

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大日本帝国海軍 記録写真[その他の航空母艦]

大日本帝国海軍所属の、太平洋戦争を戦った航空母艦の記録写真を紹介します
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龍鳳【航空母艦】

【龍鳳】は【祥鳳・瑞鳳・千歳・千代田】とともに、「ワシントン・ロンドン海軍軍縮条約」の対策として空母改装を前提として建造された船でした。 【龍鳳】の前身は【潜水母艦 大鯨】といい、潜水艦用の補給艦として任務についていました。 【大鯨】の建造は初めて船体全体を溶接する電気溶接によって行われたのですが、これが工程を困難にしていました。
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千代田【千歳型航空母艦 二番艦】

【千歳・千代田】はもともと水上機母艦兼高速給油艦として建造されていましたが、【祥鳳・瑞鳳・大鯨】とは違い、最終的な空母化というのは設計時には検討されていなかったという説が有力です。<br> ですが一方で飛行甲板の強度試験用に艦中央部には高いテーブル上の天蓋が設けられており、この2隻は少し珍しい形をしていました。
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千歳【千歳型航空母艦 一番艦】

【千歳、千代田】はもともと水上機母艦兼高速給油艦として建造されていましたが、【祥鳳、瑞鳳、大鯨】とは違い、最終的な空母化というのは設計時には検討されていなかったという説が有力です。 ですが一方で飛行甲板の強度試験用に艦中央部には高いテーブル上の天蓋が設けられており、この2隻は少し珍しい形をしていました。
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瑞鳳【祥鳳(瑞鳳)型航空母艦】

【瑞鳳】は元は【剣埼型高速給油艦 高崎】であり、「ワシントン海軍軍縮条約・ロンドン海軍軍縮会議」の空母保有制限の対策として建造されました。 空母自体は建造できませんが、空母に似たものを造ることはできたため、日本は3ヶ月ほどの時間があれば空母に改装できる船を建造することにしました。 その候補は【剣埼型高速給油艦 剣埼・高崎】
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祥鳳【祥鳳(瑞鳳)型航空母艦】

「ワシントン海軍軍縮条約」と「ロンドン海軍軍縮会議」によって、各国は空母の保有量が制限されてしまいます。 そこで日本は、その条約に抵触しないレベルで空母っぽい艤装をさせた船を建造しておき、いざ必要な時に3ヶ月程度で空母に改装できるようにしておくという計画を立てました。 その候補の1隻となったのが、【高速給油艦 剣埼】でした。
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神鷹【航空母艦】

【神鷹】の元の姿は【ドイツ客船 シャルンホルスト】。 北ドイツ・ロイド汽船所属の大型客船でした。 【シャルンホルスト】は日本航路ではなく東洋航路に就航していた客船で、神戸港に立ち寄った後、マニラ経由でシンガポールへと向かっていました。 しかしその途中、ドイツ本国から【シャルンホルスト】に無線が入り、急遽神戸港へと戻ることになりました。
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海鷹【航空母艦】

民間の客船が軍事転用されたのは、日本郵船所属の客船ばかりではありません。 この【海鷹】は、大阪商船所属の【あるぜんちな丸】が「優秀船舶建造助成施設」制度に基づいて帝国海軍に徴用された商船です。 【あるぜんちな丸】は神戸から南米を結ぶ航路用に建造された、大阪商船最大の豪華客船でした。 しかしこの航路で働けたのはわずか1年3ヶ月
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隼鷹【飛鷹型航空母艦 二番艦】

日本郵船は欧州航路向けに【新田丸・八幡丸・春日丸】という3隻の豪華客船の建造を計画しますが、それとは別に、サンフランシスコ航路向けの【出雲丸・橿原丸】という、やはり豪華客船の建造を命令されます。 特にこの【出雲丸・橿原丸】は海軍からの圧力がものすごく、日本郵船は嫌々ながらの建造となりました。
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飛鷹【飛鷹型航空母艦 一番艦】

【出雲丸・橿原丸】は上記の「優秀船舶建造助成施設」制度のもとで建造されたものではなく、実際はもっと強制力の強い条件下で建造させられました。 昭和13年/1938年に登場した「大型優秀船建造助成施設」制度という、さらに条件が追加された下で【出雲丸】は起工することになります。
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