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翔鶴【翔鶴型航空母艦 一番艦】その4
Shokaku【Shokaku-class aircraft carrier First】

記事内に広告が含まれています。
  1. 帝国海軍最大馬力 バランス重視で最高級ではなかった翔鶴型
    1. 飛行甲板・航空機関連設備
    2. 艦橋
    3. 防御
    4. 艦載機・兵装
    5. その他
  2. 初の空母戦で命を削る 対米戦争の分岐点
  3. 血の気の多い野武士艦長 餓島の苦戦を示す一戦
  4. 攻撃、攻撃、攻撃あるのみ! 死闘の南太平洋
  5. 絶対国防の一大決戦 火炎地獄の末路
「テキパキ」は設定上、前後の文脈や段落に違和感がある場合があります。


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絶対国防の一大決戦 火炎地獄の末路

年が明けて昭和19年/1944年に入ると、少しずつですが機動部隊にも血の匂いが漂ってくるようになりました。
2月23日に【翔鶴】【瑞鶴】らとともにリンガ泊地へ進出。
「あ号作戦」のためにタウイタウイ泊地に移動するまでの3ヶ月間はここで過ごし、訓練に汗を流しました。

「あ号作戦」は基本的には敵が西カロリンへ攻め込んでくることを前提として組まれていましたが、どこに来ようともアウトレンジ戦法で敵の攻撃範囲外から攻撃を繰り出す戦い方が基本となりました。
がっぷり四つで組み合いになると単純な力の差で競り負けてしまうため、とにかく敵に襲われる前に攻撃を仕掛け、空母の力を削ぎ、その後水上艦隊で攻め落とすとという狙いでした。

ところがいかにして主導権を握るかを考えていたこの作戦、作戦が始まる前から主導権はアメリカに握られてしまいます。

5月14日に【翔鶴】達はタウイタウイに到着。
タウイタウイはフィリピンとカリマンタン島の間に連なる島々の1つですが、フィリピンに通じる海はすでにあちこちに潜水艦が配備されていて、タウイタウイも例外ではありません。
つまり島の周辺で陣取る潜水艦が邪魔で、迂闊に沖合に出ることができないのです。

調べてみるとあっちで出没こっちで出没と、相当な数の潜水艦がいるようでした(実際はそこまで多くいなかった)。
特に空母は発着艦の際に直進を強いられるため、この瞬間に狙われると魚雷の回避が大変難しいのです。
結局機動部隊の訓練は著しく制約され、さらには対潜哨戒中のものを含めて駆逐艦が次々に沈められてしまいます。

先に述べた通り、1943年は空母の活躍シーンが少なかったことから所属機が陸上からの作戦に参加する機会が多く、そして犠牲を穴埋めするために未熟なパイロットが増えてきているので、ここで訓練がまともにできなかったのは作戦の成功率を激減させるものでした。
特に新機種だった【彗星】【天山】を飛行甲板を使って訓練できなかったのは痛手で、【大鳳】では着艦ミスによる事故も発生しています。
その他「ビアク島の戦い」に合わせて計3度の出撃がありましたが(機動部隊は関係なし)、これは全部失敗し、特に3回目の「第三次渾作戦」は、出撃中に敵が西カロリンをガン無視してサイパンなどのマリアナ諸島に現れたため、「あ号作戦」そのものもぶち壊しにされました。

急いで連合艦隊はマリアナ諸島へ向けて出撃。
6月18日、【翔鶴】からは【二式艦上偵察機】が飛び立ち、索敵が始まりました。
もちろん他の船からも偵察機が飛び立ち、状況から攻撃機の発艦は翌日と決まりました。[1-P96]

しかし【翔鶴】の偵察機1機がなかなか帰ってきませんし、通信すらありません。
心配しているとやっと通信が飛んできたのですが、その内容は方位を見失い燃料が残り少ないという絶望的なものでした。
【翔鶴】は敵に見つかる危険を承知で誘導電波を発信させましたが、この機は当初から電信機の調子が悪く、状況から電波受信には相当な難がありそうでした。[1-P97]

「ワレジバクス テンノウヘイカバンザイ」

このような平文が通信室に飛んでくると、通信室は急いで「マテ」と連送するしかありません。
そしてついに、彼からの通信は途絶えてしまいました。
通信室は届くことのない言葉を電鍵で叩き続ける音と、すすり泣く声だけが響き渡りました。[1-P97]

翌日、「マリアナ沖海戦」が始まります。
すでに早朝の索敵により敵機動部隊は発見済みですが、前日の自爆含め、この索敵だけでもかなりの機数が未帰還となっています。
敵の防御網の厚さを如実に表す被害ですが、敵場が知れたとなると、あとは敵の攻撃を受けないエリアから飛び立ち、アウトレンジ戦法で目標に爆弾魚雷をぶつけるだけです。
幸いこの戦いは日本が先に敵機動部隊を発見しており、アウトレンジ戦法のお膳立ては整っていました。

午前8時前後から、機動部隊から第一次攻撃隊、その後第二次攻撃隊が続々と発艦されます。
その数合わせて128機。
前衛の改装空母群からも64機の艦載機が発艦しており、攻撃隊の規模は相当大きなものです。
けたたましいプロペラ音が【翔鶴】の上空に響き渡り、そしてその姿とともに小さくなっていきました。

そこから約30分後、前衛部隊からある通信が飛んできました。
「航空機見ゆ、敵味方不明」「艦上機約100機」
そして次には攻撃隊から「味方水上部隊より攻撃を受く」という通信があり、ここでなんと同士討ちが発生してしまったのです。

まさかの事態に空気が凍り付いたのは【翔鶴】だけではないでしょう。
下からの対空射撃により、少なくとも2~3機が火を噴いて落下していきました。
ただでさえ主導権が握られているこの戦いで、こんな不吉なことはありません。[1-P99]
撃墜された機体を含めて10機がこの誤射により減ってしまいます。[3-P129]

しかしこの誤射は、前衛部隊の早とちりではなく、攻撃隊の飛行経路に問題があったと言われています。
今回のような誤射が起こりうるため、基本的には味方の上を航空機は飛ばないように決まっています。
特に無線封止中だと、機体とも他の艦とも連絡が取れず、現場判断しかできません。
前衛部隊は上空に現れた機体に対して威嚇射撃を行っています。
つまり「こっちはおたくが敵か味方かわかってない」という合図なわけです。
それに対して攻撃隊は何も行動に変化がなかったため、急いで対空射撃を行った結果というわけです。

この騒動が終わったら、今度は【大鳳】から被雷の報告が飛んできました。
全く【米ガトー級潜水艦 アルバコア】の存在に気付かなかった【大鳳】でしたが、さすがに水雷防御も「翔鶴型」よりもアップグレードされているだけあって、魚雷1本程度では大事にはなりませんでした。
ただしそれは被雷箇所に限った話で、この後【大鳳】はエレベーターの停止だのガス漏れだのでどんどん沼にはまっていき、最後は気化したガソリンの引火による大爆発から沈没してしまうのです。

一方で大編隊の攻撃隊はというと、9時半から10時半の間に敵陣に到達。
しかし盤石の迎撃態勢を整えていた敵機動部隊の前に、攻撃隊は突破口すら見出せずただただ撃墜されていくばかりでした。
アメリカ軍はこの光景を「マリアナの七面鳥撃ち」と称しています。
パワー自慢の【F6F】がわんさかいる防御陣を振り切って艦隊に接近しても、「VT信管(近接信管)」の開発にも成功し、更に山盛りの25mmや40mm機銃によってアメリカは労せずして日本の艦載機をバタバタと仕留めていきました(VT信管の配備数はまだそこまで多くないです)。
この攻防では日本の艦載機は147機が未帰還となり、損耗率は60%以上。[3-P129]
対して日本の戦果は数隻の船を小破させただけと、絆創膏レベルの被害しか与えることができませんでした。

アウトレンジ戦法の成功を願っていた【翔鶴】にも危機が迫っていました。
攻撃隊の戦果と帰還を待ちわびていたところ、日本の対潜網をくぐり抜けた【米ガトー級潜水艦 カヴァラ】の放った魚雷が右舷に4本(3本?)、立て続けに命中します。
この時の距離、なんと1.1kmと【カヴァラ】は報告しています。
駆逐艦の数も少なかったとはいえ、すでに【大鳳】が被雷している中で【カヴァラ】を全く察知できなかったのは当時の海軍の弱さや甘さを如実に表しています。

【カヴァラ】は「マリアナ沖海戦」が始まることから艦隊に合流しようとしていた第二補給隊を発見しており、それを追いかけて戦場に現れました。
結局魚雷を放つまでただの1度も見つかることがなかった【カヴァラ】は、その後3時間にわたる爆雷攻撃を耐え切り、見事に役目を果たしたのです。

被雷したのは11時20分。
一気に右に傾いた船体を戻そうと注水活動を行いますが、今度は注水しすぎたがために左舷へ傾斜してしまいます。
速力が落ちる中、煙突からは排煙だけでなく白い蒸気も出てきて、明らかにボイラーが余計な海水まで熱しているのがわかる姿でした。

また、前部に直撃していた魚雷の影響で、艦首が徐々に沈下し始めます。
艦首付近では気化した航空燃料が発火し、大火災が艦首を包み込んでいました。
被害状況はもはや手の施しようがなく、【翔鶴】は総員退去が決まり、皆甲板に上がって脱出準備を進めます。
横には【浦風】【秋月】【矢矧】がおり、危険な状態ながらも彼らの救助のために接近してくれていました。

しかし次の瞬間、ゆっくりとゆっくりと沈んでいた【翔鶴】が、下から強引に艦首を引っ張られたかの如く、突然凄い勢いでお尻を上げて左巻きに沈み始めたのです。
一気に艦首が海没し始めたため、飛行甲板の左側にいた者たちはあっという間に海に投げ出され、その後【翔鶴】が生み出す渦に巻き込まれていきます。
そして中央より右舷側にいた乗員は、艦首方向に落下していきます。
艦首は先ほどガソリンの気化により爆発が発生したことで火焔地獄となっていて、エレベーターは3基とも落下するか中途に降下して大穴が開いており、そして格納庫もまた真っ赤な炎の海でした。
つまり、乗員は艦首の炎だけでなく、格納庫内で燃え盛る炎の海へ次々と飲み込まれていったのです。
その甲板を滑り落ちる音は周囲の艦艇にすら響き渡り、悪魔が獲物を引きずり込むような光景でした。

【翔鶴】の戦死者はのべ1,272名、これは日本の空母史上で最も大きな被害でした。
【雲龍】の犠牲者はこれよりも多いのですが、戦闘未経験かつ移動中の犠牲です。)

先代亡き後の帝国海軍を牽引し、様々な戦果を上げてきた【翔鶴】は、アメリカ軍の戦力の増大についていくことができず、壮絶な死を遂げたのでした。

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参考資料

Wikipedia
近代~現代艦艇要目集
[1]航空母艦物語 著:野元為輝 他 光人社
[2]艦船ノート 著:牧野茂 出版共同社
[3]翔鶴型空母 帝国海軍初の艦隊型大型航空母艦「翔鶴」「瑞鶴」のすべて 歴史群像太平洋戦史シリーズ13 学習研究社
[4]日本の航空母艦パーフェクトガイド 歴史群像太平洋戦史シリーズ特別編集 学習研究社
[5]日本空母物語 福井静夫著作集第7巻 編:阿部安雄 戸高一成 光人社
[6]図解・軍艦シリーズ2 図解 日本の空母 編:雑誌「丸」編集部 光人社
[7]極秘 日本海軍艦艇図面全集 第五巻解説 潮書房
[8]空母瑞鶴の南太平洋海戦 軍艦瑞鶴の生涯【戦雲編】 著:森史朗 潮書房光人社