アッツ島沖海戦

軽巡洋艦

阿武隈【長良型軽巡洋艦 六番艦】

【阿武隈】は浦賀船渠で起工。 5番艦【鬼怒】の起工から1ヶ月後と、特に問題なく建造は開始されます。 しかし問題は、【阿武隈】どころか日本そのものを文字通り揺るがします。 大正12年/1923年9月1日、【阿武隈】進水から半年後に関東大震災が発生し、【阿武隈】が建造されている浦賀も甚大な被害を受けました。
軽巡洋艦

多摩【球磨型軽巡洋艦 二番艦】

「球磨型」のニ番艦として登場した【多摩】は、【球磨】と同じく戦中は輸送任務や護衛・哨戒が多かったものの、【球磨】よりははるかに戦場に出る機会に恵まれた艦でした。 初陣は【球磨】と同じく「シベリア出兵」のための輸送で、この任務に就いたのは「天龍型」と【球磨・多摩】の4隻のみです。 「シベリア出兵」ということは第一次世界大戦直後ということですから、やはりベテラン艦であったことがわかります。
重巡洋艦

摩耶【高雄型重巡洋艦 三番艦】

【高雄・愛宕】は太平洋戦争を目前にして改装を行っていますが、【摩耶・鳥海】はその改装が行われる前に開戦してしまったため、姉2隻よりは劣った状態で戦争に参加することになりました。 それがのちに【摩耶】が対空特化の重巡に変身することにつながります。
重巡洋艦

那智【妙高型重巡洋艦 二番艦】

【那智】は「妙高型重巡洋艦」のニ番艦、やはり世界で最も強力な重巡洋艦として建造が始まりました。 しかし【那智】はことさら急いで建造されることになります。 なぜなら、昭和3年/1928年12月に行われる「御大礼特別観艦式」に、この【那智】が参加することが決まっていたからです。
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