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零式艦上戦闘機三二型/三菱
Mitsubishi A6M3(Zero)

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零戦開発物語零戦と戦った戦闘機達
零戦+防弾性-Xのif考察零戦と防弾性の葛藤

大前提として、型式の付番パターンを説明しておきます。
型式は2桁の数字で構成されますが、10の桁の数字が機体形状、1の桁の数字がエンジン型式を表します。
【三二型】の次が【二二型】になるのは、生産された順番ではなく、【二一型】の機体形状に【三二型】のエンジンが搭載されたためです。

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零式艦上戦闘機三二型

【三二型】【二二型】も「A6M3」のため、性能がどちらのものか確実なことは言えません。

全 長9.060m
全 幅11.000m
全高(三点)3.570m
主翼面積21.538㎡
翼面荷重117.7kg/㎡
自 重1,807.1kg
正規全備重量2,536.0kg
航続距離全速30分+1,070km(正規)
全速30分+2,134km(増槽)
発動機/離昇馬力栄二一型/1,130馬力
上昇時間7分5秒/6,000m
最大速度544km/h
急降下制限速度667km/h
燃 料胴体:60ℓ
翼内:205ℓ×2
増槽:320ℓ
武装/1挺あたり弾数九七式7.7mm機銃 2挺/700発
九九式20mm機銃一号三型 2挺/100発
搭載可能爆弾30kgもしくは60kg爆弾 2発
符 号A6M3
連 コードネームHamp(ハンプ)
生産数三菱:343機

出典:
零戦秘録 零式艦上戦闘機取扱説明書 KKベストセラーズ 編:原勝洋 2001年
[歴史群像 太平洋戦史シリーズVol.33]零式艦上戦闘機2 学習研究社 2001年
零戦と一式戦闘機「隼」 イカロス出版 2019年

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A6M3トA6M2トノ比較
A6M2ヨリ改造シタル主要部分
部 分改造要領記 事
胴 体
1.防火壁ヲ185粍後退ス發動機部重量增加セルヲ以テ重心ヲ合セルタメ
2.遮風板前方上方部胴體線圖變更發動機換装シタルタメノ視界ヲヨクスルタメ
3.發動機架取付金具及之ニ續ク大縦通材變更發動機部重量增加ニ伴ヒ强度ヲ增スタメ
主 翼
1.翼端ヲ約500短縮シ折疊装置ヲ廢ス工作簡易化ノタメ
2.20粍機銃彈倉収納部ヲ100發彈倉装備可能ナラシム彈倉要領ヲ增スタメ
3.翼内タンク懸吊部小骨及ビ翼内タンク蓋ノ骨ノ高サヲ低クス燃料タンク容量ヲ增大スルタメ
4.主桁縁材ヲ補强ス機體重量增加ニ伴ヒ强度ヲ增スタメ
主 脚
1.引込懸吊鈎ヲA6M2第1號機型トス作動ヲ確實ナラシムタメ
2.胴體側車輪覆及其機構ヲ變更ス作動ヲ圓滑ナラシムタメ
兵装艤装
1.20粍機銃彈倉ヲ100發入リニ變更ス
2.残彈指數器新設12號機ヨリ
計器關係
1.排氣溫度計新設ス12號機ヨリ
2.混合比計廢止ス
3.吸氣溫度計廢止ス
發動機關係
1.發動機榮二一型ヲ搭載ス
2.發動機換装ニヨリ防火壁前方大部分形状ノ變更
3.翼内タンク僅カ大トナル約210立
4.胴體内タンク小トナル約60立
5.潤滑油タンク僅カ大トナル約54立
6.油冷却器ヲ增大ス徑250φトナル
7.發動機架發動機換装ノタメ强度ヲ增ス
8.發動機管制装置二速過給器追加
9.電動燃料ポンプヲ翼内燃料槽ニ装備 
プロペラ1.Dシャンク装備
備考:發動機ニ關スル性能表、取扱法ハ發動機製作所發行ノ取扱説明書ニヨル

出典:零戦秘録 零式艦上戦闘機取扱説明書 KKベストセラーズ 編:原勝洋 2001年
(旧字含め可能な限り原文)

【三二型】は昭和16年/1941年7月から試験飛行、昭和17年/1942年4月ぐらいから量産が始まった、開戦前に(ここ大事)検討が始まり、【二一型】のグレードアップを狙った【零戦】の新タイプです。
大きな違いは搭載エンジンと主翼の改良です。

まずエンジンは2速過給機が取り付けられた「栄二一型」を搭載。
馬力は2速で離昇1,130馬力にパワーアップし、これでさらに速度や高高度での出力アップを達成します。
海軍が「瑞星」ではなく「栄」を選んだ理由には、「栄一二型」だけでなく近いうちに「栄二一型」が誕生することも知っていたという点も挙げられます。
なので海軍が思い描いていた【零戦】の最終形態はこの【三二型】だったかもしれません。

翼端は【二一型】でエレベーター対応の為に上に折り曲げている50cmずつがバッサリ切られています。
【三二型】の外見の特徴は何と言ってもこの翼端で、【零戦】で唯一翼端が角張っています。
これは整形の手間を省くための形でしたが、捻り下げとの相性が悪く空気力学上適しない形だったことから、同じく翼を短くした【五二型】では丸くなっています。

この翼端カットについては【二一型】445号機を改造して比較試験が行われています。
上記の改善点やずっと問題として指摘があった高速時の舵の重さはかなり解消されましたが、上昇力や上昇限度は若干低下。
またこれは二律背反なので仕方ないのですが、翼面荷重が大きくなったことで特に低速時の旋回性能も低下します。
しかしそれは「栄二一型」を搭載することで回復できるため、エンジン換装と翼端カットをセットで行えばメリットが大きくなります。

特にロールについては想像以上によくなっているようで、2つの文書を見てみましょう。
大分航空隊の「零式艦上戦闘機取扱参考資料」「操縦性能-二号戦、一号戦ヲ比較シタ性能」によれば、「イ、高速時の舵の動き軽し(利点)。一号戦にては高速時、舵を動かすに両手で持って力一杯を要したが二号戦にては舵の動きが非常に軽く、操舵が容易である。」とあり、高速時の欠点であったロールの悪さが解消されているようです。
続いて小福田租少佐(当時)も、少し先の資料ですが昭和18年5月3日の「戦訓ニヨル戦闘機用法ノ研究」において、「二号零戦(注 三二型のこと)は特に高速時横転操作軽快なる為空戦上極めて有利なり。将来戦闘機計画に当り、格闘性能検討に際しては、速力、上昇力、翼面荷重、馬力荷重の外、横操作の軽快性(慣性能率、補助翼の利き及び重さ)に関しても考慮の要あるものと認む」と評価していますので、相当大きな変化だったと思われます。
【零戦】最大級の弱点だったロールの悪さは、主翼を11mにした【三二型】【五二型】などでは、米軍機に比べて圧倒的に弱いというものから、米軍機に比べて劣る、ぐらいまでは良くなったわけです。

50cm短くした理由は速度アップを求めたものとかロールの悪さを改善するためのものではなく、後述する弾倉の拡大に伴うこぶの抵抗を相殺するためとも言われます。
他にも最初の計画では【三二型】の翼端はカットされなかったが、下川大尉死亡事故後の補強なりなんなりでこの方法が浮上してきたとも言われたり。
たぶん何かの目的と言うより、メリットデメリットがこういう要素で軽減、増幅されるという総合的な判断で採用された形状でしょう。
翼端の折り曲げ機構がなくなったことで急降下速度制限も緩和され、667km/hとなりました。
また重量の調整により補助翼が短く、逆にフラップが長くなっています。
ロールがよくなったのは補助翼の短縮も寄与しています。

武装については20mm機銃の弾数が60発と少ない問題が100発に増やされたことも注目ポイントです。
弾数が増えれば空っぽになってから豆鉄砲で悔し紛れに撃ちまくるという悔しさも減ります。
ただしドラム式の弾倉増加ということはドラムが大きくなるというデメリットが常に付きまとうため、【三二型】はこのため翼の弾倉部分にちょっとこぶが発生しています。
翼端を切ったのはこのこぶで3ノットは落ちるだろうからその分を取り返すための処置でもあります。

エンジンの換装に伴いカウリングも再設計され、若干大きく、また前方が丸みを帯びるようになりました。
これに伴い気化器空気取入口も下部にあったものが上部に移動しました。
7.7mm機銃はこれまで弾条溝と言われる溝があって、そこから銃弾が通過していましたが、【三二型】からシンプルに穴が空いてその奥にある銃口から弾が飛び出るようになっています。
また速度アップにつなげるためプロペラの直径も15cm大きくなりました。

主翼の変更とエンジン換装により、【三二型】は速度アップと高速時のロールの悪さの改善、急降下速度の向上、過給機により高高度での速度も良好。
さらに武器の弾数も増えてと、デメリットなしの純粋強化、に見える【三二型】
しかし【零戦】はもともと余分なものが一切ない設計だったので、強化する場合は絶対に何かを捨てています。
それは、【零戦】最大の武器である航続距離でした。

台湾から飛び立ってフィリピンに攻撃して帰っていき、「どこかに空母がいるはずだ!」と混乱させるぐらいの航続距離を誇っていた【零戦】でしたが、これは燃料タンクの大きさが最たる理由です。
しかし空冷エンジンは基本的には出力が上がれば大型化しています。
これはエンジンだけに限りませんが、ほとんどの場合は性能向上が先行し、そのあと小型化やコストカット型が生まれます。
1,000馬力を超えた「栄二一型」も例外ではなく、全長が15cm、重量は約90kg増えています。
このあおりは必ずどこかで受けるわけで、そして割を食ったのが燃料タンクでした。

エンジンが重くなったことで同じ位置に配置すると頭に重心が傾くため、エンジンを従来より後方に下げるしかありませんでした。
これにより胴体内の燃料タンクは145ℓがとんでもないことに62ℓ(60ℓ?)にまでなっています。
実は【二一型】、正規の胴体燃料タンクには62ℓしか入りませんから、これは【三二型】と同じです。
しかし現実は過積載分の+83ℓを搭載し、最大145ℓで飛行することが可能でした。
そして実戦で【二一型】はゴリゴリに過積載して飛行していましたから、【三二型】は過積載ができなくなったので、事実上【二一型】の半分以下しか燃料が積めなくなってしまいます。
代わりに肋材の位置を調整して翼内タンクが380ℓから410~420ℓ(タンクを広くではなく深くした)に増やされましたが、激減です。
おかげで全速30分+2,530km(増槽込)の【二一型】に対して【三二型】の航続距離は全速30分+2,134km(増槽込)と短縮。
燃料が減ったこともそうですが、「栄二一型」になったことで全速時の燃費がかなり悪化したのも大きな原因でした(これは最初気づかなかったらしい)。

【三二型】が4月から量産が始まり、戦地に投入され始めたのは夏も終わろうとしているころ。
この頃の太平洋戦争と言えば、もちろん「ガダルカナル島の戦い」の最中です。
何に苦労したかはお判りでしょう、基地にするはずだった場所が奪われたため、日本はラバウルから1,000km超も離れたガダルカナル島まで【零戦】を飛ばして攻撃しなければならないという綱渡りの戦いを強いられたのです。
【二一型】は過積載をすることで距離を何とか往復できるのですが、【三二型】の航続距離ではカツカツもいいところで、とても派遣できたものじゃありませんでした。
カタログスペックだけ見ていれば【二一型】【三二型】の正規全備重量だと航続距離に大差はありませんから、現場のことを全く知らずに新しい戦闘機がポンポン送られてきたわけです。
この過積載の最大航続距離が見過ごされていたため、こんな短距離しか飛べねぇ局戦いらねぇんだよと第十一航空艦隊から抗議が飛んできて、航空本部長が進退伺いを提出するほどの事態となったこの出来事は「二号零戦問題」とまで呼ばれています。
その後飛行場がブインなどに新たに造成されてからは【三二型】もそこを起点に活動ができましたが、【三二型】そのものの延命には繋がりませんでした。

他にもまさかの事態が【三二型】を襲います。
最低でも550km/h以上を目指したのに、試験では【二一型】よりも10km/hぐらい544km/hとなってしまい、思ったほど速度が上がりませんでした。
【三二型】の改良が進んでいる時は実は【二一型】の公式最大速度はまだ510km/hのままで、主翼強度アップによる533km/hは公式記録となっていませんでした。
なので本来なら544km/hでも十分な速度アップなのですが、【三二型】試験機と競争させた結果【二一型】がいつの間にか速くなったものですから、恩恵が小さくなってしまったのです。
加えて初期の「栄二一型」は調子もよくなくトラブルに悩まされ、燃費も「栄一二型」より悪化。
ただ「栄二一型」をちゃんと扱えるようになってからは速度は上がったので、「栄二一型」が慢性的な問題を抱えた欠陥品というわけではありません。
それでも、【三二型】は大半の性能がよくなっているのに当時の戦況から航続距離が短くなったデメリットばかりが目立つ存在になってしまいました。

航続距離をちょっとでも改善するために、【三二型】の段階から翼内タンクが片側217ℓ、さらに220ℓとちょっとずつ増えて製造された機体もあります。
翼端の形状違いから連合軍からは「Zeke」とは別の機体の「Hamp」と呼ばれた【三二型】は同年12月までに343機が生産されて終了。
急遽航続距離を伸ばすために【二二型】の設計が始まりました。

ちなみに【三二型】は排気タービン搭載型の試作機が1機だけ誕生しているようですが、【三二型】の歴史が閉じてしまったのでもちろんこちらもこれっきりです。

一一型
二一型
三二型
二二型
四一型
四二型
五二系統
五三丙型
六二型
五四型

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