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武蔵【大和型戦艦 二番艦】その2
Musashi【Yamato-class battleship Second】

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重すぎた不沈艦の称号 さらば日丿本の国、武蔵沈没

昭和19年/1944年7月14日時点の兵装
主 砲45口径46cm三連装砲 3基9門
副砲・備砲60口径15.5cm三連装砲 2基6門
40口径12.7cm連装高角砲 12基24門
機 銃25mm三連装機銃 35基105挺
25mm単装機銃 25基25挺
13mm単装機銃 2基4挺
電 探21号対空電探 1基
22号対水上電探 2基
13号対空電探 2基

出典:[海軍艦艇史]1 戦艦・巡洋戦艦 著:福井静夫 KKベストセラーズ 1974年

レイテ島へ向けて出撃する前に、【武蔵】は塗装を塗りなおしています。
その色が銀鼠色であったことから、結果的に次の海戦で大きく目立つ存在にはなりましたが、そもそもこの時期は【大和】もグレー基調の塗装だと言われています。
塗装をするかどうかは各艦が決めることですが、【武蔵】は最後の戦いのつもりで、死に装束を身に纏うつもりで新調したのかもしれません。

8月12日に艦長に猪口敏平大佐が着任しますが、彼が4代目艦長、そして副長が2代目の加藤憲吉大佐であったことから、「四二装束」と語呂をあてられて気味悪がられていました。
前年末のトラック島での可燃物除去の際に塗装もされていたようですが、先述の通り塗装は時間を見つけて部分的に行われていたようです。
猪口艦長【大和】の副長であった能村次郎大佐猪口が砲術学校の教頭だった際の教官)にも塗装を進めたのですが、「塗装するぐらいなら休んだ方がいい」という思いを胸に秘めながら断っています。

【大和、武蔵】は当然第一遊撃部隊第一部隊、いわゆる栗田艦隊で、作戦の本丸です。
国内は燃料不足の為、7月には水上艦隊はパレンバン油田に近いリンガ泊地に移動していました。
その後出撃を控えてブルネイにいた第一遊撃部隊は、10月22日にブルネイを発ち、パラワン島西を通過して、東進してから南下、レイテ島を目指すというルートでした。
しかしこのルートの最大の障害として、パラワン水道がありました。
本来は通る予定のなかった、パラワン島とミンドロ島の間にあるこの海峡。
補給の遅れによりこの交差点のような海峡を通過しないといけなくなったのですが、ここは横断縦断どちらもできますから敵が網を張るには絶好の場所だったのです。

いくら不沈艦だと威張っていても、今回は作戦が作戦なので、さすがに艦内も動揺を隠しきれない乗員が目立ちました。
罠にかかるのを覚悟で進んだわけですが、結局旗艦の【愛宕】【摩耶】が沈没し、【高雄】は大破撤退。
「高雄型」は火力もさることながら設備面でも非常に秀でた巡洋艦だったため今回の艦隊でも旗艦になっていたわけですが、たった1時間で【鳥海】1隻になってしまいます。
この作戦がどれだけ無謀なものかが身に染みた被害でしたが、後戻りはできません、栗田艦隊は東進を続けました。

そして翌24日、栗田艦隊はシブヤン海に到達しました。
(以下、時間はブレがあります。)
敵味方共に相手の存在を確認し、そして午前10時29分から、第一波の攻撃機が栗田艦隊に襲い掛かってきました。
「シブヤン海海戦」の始まりです。
これまで波が起こる音しか聞こえなかった大自然の中に、突如として人工的な発砲音が無数に響き渡りました。
第一波の攻撃は10分ほどで終わりましたが、ここで【武蔵】は早くも右舷中央部に魚雷を1本受けています。
記録ではこの第一波では【武蔵】の主砲は完全にだんまりだったという証言のほうが多いです。

被害そのものが軽度なのは今更言うまでもありませんし、右舷側5.5度の傾斜がありましたが注水により1度にまで回復。
速度も1ノット低下の最大26ノットが発揮でき、艦隊行動に支障はありません。
ですが魚雷は命中してから上に跳ね上がってから爆発したそうで、つまり海面にかなり近いところで炸裂したと言われています。
その衝撃で甲板には大穴が開いていたそうです。
ですが被雷の最大の被害は艦橋トップにある方位盤の故障で、衝撃で方位盤が架台から落ちて旋回できなくなり、砲撃に大きな支障が出てしまいました(第一波では砲撃があり、旋回中の砲撃による振動が原因という説もあります)。
その他1番砲塔には直撃弾を受けますが、45kg爆弾と推定され、厚い装甲がこれを難なく跳ね返しています。

12時7分からの第二波は、今度は一際大きな【武蔵】【大和】へ攻撃が集中しました。
今度こそ【武蔵】は主砲を放ち、敵編隊に向けて爆音を轟かせましたが、方位盤故障の影響で照準は各砲塔に任せることになってしまいました。
しかしこの時から、主砲を発射する際の事前のブザーが鳴らないケースが出てきました。
衝撃が強すぎるため、砲撃時に甲板に生身の人間が立っているとどんな被害を受けるかわからないためにブザーが鳴るということが決まっていたのですが、予告なく主砲が雄叫びを上げるわけですから、甲板の機銃員などは卒倒したり意識が混濁したりと酷い有様でした。
頭を抱えながら持ち場に戻ろうとしても、フラフラの状態では迅速に敵機に照準を合わせることもできません。
現場は大きく混乱していました。

【大和】は雷撃を回避し至近弾だけでしのぎましたが、【武蔵】は回避行動中に雲に隠れて後方から突っ込んできた雷撃機を撃墜できず、左舷に3本の魚雷を受けてしまいます。
この雷撃はさすがに見逃せる被害ではなく、二番機械室が大量の高温蒸気で満たされてしまい、とても操作できる環境ではなくなってしまいました。
その他被雷箇所から注排水区画なども浸水し、今度は左舷5度ほどの傾斜が発生します。
浸水を食い止めた箇所も、補強は行ったものの全く安心できる状態ではありませんでした。
ですがここも注水によって1度まで回復しており、今もってなお【武蔵】は健在でした。

第二波の被害は魚雷だけでなく、2発の被弾もありました。
左舷艦首に命中した一撃は艦首に浸水をもたらし、艦中央部の250kg爆弾も最上甲板、上甲板を貫いて炸裂し、多くの乗員を殺傷しました。
第二機械室が使用不可になり3軸運転を余儀なくされ、また第十二缶室が使用不能、艦首被弾により約2m沈下したことで【武蔵】の最大速度は22ノットにまで低下してしまいます。

他に高射装置からのデータを送る道である発砲電路も破壊され、主砲に続いて高角砲も砲側照準を強いられることになります。
この結果、各高角砲や機銃が連携して攻撃ができなくなり、以後攻撃が分散されて弾幕が薄くなってしまいました。
また被弾の衝撃と思われますが、装填していた1番砲塔の中砲が突然押し戻され、内部を破壊してしまいました。
この結果1番砲塔は砲撃ができなくなったと言われています。
1番砲塔が使えず、更に最大22ノットという制限は、個艦はともかく艦隊としての行動を著しく阻害する被害でした。

次は13時30分から第三波、そして数分後に第四波が立て続けに到来します。
重油を垂れ流している【武蔵】は他の艦に比べて明らかに手負いでした。
この第三波空襲が【武蔵】沈没の最大の要因となる被害をもたらし、数にして魚雷5、直撃弾4、至近弾2という、普通の船ならこれだけで確実に致命傷になるダメージを受けています。
一番砲塔が使えない分、そして機銃がどんどん破壊された中、気を吐いたのが2基の副砲で、この第三波で海戦最大の79発を発射しています。

【武蔵】にとって不運だったのは、被害の一部がすでに被弾、被雷している箇所のすぐ近くで発生し、左舷艦首と右舷中央部の浸水がより悪化したことでした。
艦首被弾は水密構造を破壊してしまい海水がドバドバ入り込み、第三水圧機室は満水、沈下は4mとさらに悪化します。
右舷の再びの被雷も防水補強が破壊されてやはり浸水が悪化し、船は相変わらず異常なほど丈夫なのですが、どんどん海水に足を引っ張られるようになります。
それでも未だ注水で傾斜回復ができてしまうあたりは、ダメージコントロールの観点から見れば恐ろしく強靭な肉体であることは間違いありません。

ですが沈まない船は確実に沈みつつありました。
これまで栗田艦隊はこれまでの対空兵装の弱さを払拭するかのように、遠距離は三式弾、中近距離は副砲や高角砲、機銃が猛烈な弾幕を展開し、何機も撃墜し、何度も火を噴く姿を目にしてきましたが、落としても落としてもきりがありません。
鮮血が至る所に飛び散り、日光に照らされて不気味に光ります。
甲板にある血だまりは乗員の脚に生への執念かのように絡み付き、肉片や四肢、そして戦死者もそのまま転がっています。
治療室では耳を塞ぎたくなる叫び声が途切れることなく響き渡っていましたが、一方で明らかに重症なのに痛がるそぶりも見せずにケロッとしている者もいて、悪夢のような光景でした。
やがて前部治療室は爆撃による一酸化炭素の充満によってその声も聞こえなくなりました。

いまだ最大20ノットは出せるという強力な馬力は健在でしたが、この重たい海水を背負ったままではろくに回避行動もできませんし、また対空射撃も多くの戦死者が出ていることと主砲の精度が落ちていることで自衛も難しくなってきました。
防水区画もほとんどが浸水した状態で、構造上これ以上の浸水を抱えることができません。
やがて【武蔵】は完全に第一部隊から落伍し、12km後方を進んでいた【金剛】ら第二遊撃部隊に組み込まれる形となりました。

このおかげで14時20分から始まった第五波の空襲は【武蔵】にはやってきませんでしたが、【大和】【長門】に被害がありました。
ここでは事なきを得た【武蔵】でしたが、機動性を大きく落とした【武蔵】は自身が生き残る意味でも艦隊の円滑な行動面でも離脱するしかありませんでした。
【武蔵】【清霜】【利根】に護衛され、反転コロンへ向かうことになりました。
しかし
第六波の空襲は【武蔵】達を逃さず、14時59分から今度こそ動く要塞を沈めようと突撃してきました。

ロケット弾搭載の【F6F ヘルキャット】は護衛の2隻に襲い掛かりますが、ロケット弾は艦そのものへの影響は比較的低いため致命傷にはなりませんでした(人的殺傷能力は非常に高い)。
ですが本丸の【武蔵】にはやはり【SB2C ヘルダイヴァー】【TBF アヴェンジャー】が突っ込んできて、猛烈な攻撃を仕掛けてきました。
特に1発目の爆弾が艦橋内で炸裂し、艦橋内の全員が即死。
この爆弾はアメリカの記録では450kg半徹甲爆弾であり、つまり信管の秒数を若干遅めにして貫通した後に炸裂させて空間への衝撃を大きくさせるものでした。
その上の防空指揮所にいた艦長の猪口敏平少将も負傷し、指揮官の被害はここで致命的となります。

今度は右舷の艦首付近に魚雷が命中し、今まで浸水していなかった場所でさらに浸水が発生。
この艦首への度重なる被雷が【武蔵】の寿命を縮めたのは間違いありません。
第六波の攻撃だけで、【武蔵】は被雷11本(2本不発)、直撃弾10発、至近弾6発を受けています。

これだけの被弾があると、生き残っている機銃はもう残り僅かでした。
艦首は波に洗われる寸前まで沈下し、さらに第四機械室も被雷からなる浸水で使い物にならなくなり、【武蔵】は二軸運転でよろよろの状態でした。
度重なる被弾と水圧などで補強材も変形して防水が追いつかず、魚雷が舷側甲板を貫通して機銃弾庫にまで到達したりと浸水による被害は増大する一方でした。

至近弾の水しぶきは甲板に降り注ぎ、ドロリとした血液を海に還していきます。
治療室の前には負傷者が延々列を作り、呻き声と血が流れるばかり。
甲板で戦い続ける兵士の数は激減し、そして機銃も酷使によって過熱しており、戦闘能力も大きく低下していました。

シブヤン海海戦で猛攻を受ける【武蔵】

それなのに、それなのにまだ【武蔵】は沈みません。
艦首の沈下は8mに達し、甲板上で最も低い場所になる1番砲塔付近はほぼ海面と並ぶほどでした。
傾斜は左に10~15度ほどあり、発電機や舵取電源喪失による舵故障も起こしています。
ところがここに至ってもなお傾斜は6度にまで回復し、操舵も人力操舵への切り替えが完了、さらに速度は最大で18ノット発揮できたと記録されています。
あまりに痛ましい、しかしあまりに勇ましい姿。

ですがいくら沈まないと言っても、動けなければ意味がありません。
まっすぐ進もうとしても舵が安定せずに蛇行してしまうため、18ノットという数字を発揮することは現実的ではありませんでした。
加えて満水状態の【武蔵】がここから370kmも先にあるコロンまで向かうというのもこれまた現実的ではありません。
理論値だけでは物事は進みません、結局この被害ではコロンまで逃げ帰るのも不可能だと思われたため、【大和】からは「付近のシブヤン島に座礁し修理を行うか陸上砲台となれ」という信号が送られます。
いよいよ【武蔵】にも限界が迫っていました。

一方で、栗田艦隊は第六波の空襲を受けてもまだ日が高いことを危惧し、この先は針路が狭くなるため日中だとさらに被害が増大するということを理由に、反転西進を始めていました。
すでに撤退を行っていた【武蔵】でしたが、無事な艦隊が先に引き上げていく姿を眺めるしかありませんでした。
【武蔵】【利根、清霜】、さらに加わった【島風】の護衛の下で必死に足掻き続けます。
右舷軸のみの航行となっていた【武蔵】は、とにかく浸水を、浸水を防げば沈まないという言葉を全員が胸に刻んで死に物狂いで動き回っていました。
排水が難しい以上、入ってくる海水を抑えなければなりません。

幸い火災はほとんど起こっておらず、すべきことは防水と傾斜回復の為に重い物や人員を右に寄せる作業でした。
対空班以外に重量物の移動の命令を下すために、大半の乗員が甲板上に集められました。
もちろんこれまでの自分の持ち場がありますから、戦闘が始まってから初めて甲板に上ったものが大半でした。
その凄惨極まる光景は、現代のホラー映画ですら吹いて飛ぶほどの地獄でした。
これが、数日前にブルネイで見た、あの【武蔵】か。
不沈艦と謳われ、世界最強の、圧倒的世界最強の戦艦の姿か。
右を見ても左を見ても、足元を見ても構造物を見ても、見渡す限り血、血、血。
人間とはこれほど簡単に四散し、そしてこれほど大量の血を巡らせているのか。

【武蔵】は護衛の【清霜】に対して、日が暮れてから艦尾の曳航操舵を試すことを伝えました。
この重量物移動でどこまで回復するか、しかし持ち直せば必ず生き残る、という願いがそこには込められていました。

しかし数万トン規模の浸水が【武蔵】を引きずり降ろそうとしているのに対し、人が運べるほどの荷物や死傷者の移動だけでは何トンにもなりません。
一番重たい左舷主錨を投棄し、さらに右舷居住区に無理矢理注水までしています。
それでも地球の7割を占める海水に対しては【武蔵】は巨大でも何でもありません。
再び傾斜が10度を超えるに及んで、最終的には缶室や第三機械室にまで水を流し込むという荒業にまで出ていますが、そんな努力もむなしく、【武蔵】はじわりじわりと左へ傾いていきました。
傾斜が酷くなるとその力以上に逆側に引っ張らなくてはなりませんから、傾斜は酷くなればなるほど回復の道筋は細くなっていきます。

17時14分、反転していた栗田艦隊が再反転、再びレイテ島を目指して東進し始めました。
【武蔵】を護衛していた【島風】は、【摩耶】沈没時に救助していた人員や負傷者を引き取って栗田艦隊に戻っていきました。
他に【利根】も十分戦力として戦える状態だったため、戦列に復帰を嘆願し、【武蔵】から離れていきました(1回却下されています)。
【清霜】【浜風】は護衛についていましたが、ゆっくり傾きつつある【武蔵】の周辺をウロウロすることしかできません。

【武蔵】の最期。艦首が大きく沈んでいるのがわかる

19時15分、傾斜はついに12度に達しました。
副長である加藤憲吉大佐が、総員退去を決定しました。
不沈艦【武蔵】の最期が決まった瞬間でした。
猪口艦長は遺書と形見のシャープペンシルを加藤副長に渡し、艦長休憩室の鍵を閉めました。

甲板には生き残った乗員が揃いましたが、すでに士官の独断で海に飛び込んでいる者もいました。
足元はおぼつきません、傾斜はさらに酷くなります。
【浜風】【清霜】が乗員救助の為に【武蔵】から接舷の命令が下りますが、馬鹿みたいに巨大で、しかも傾斜が酷くどのように動くか予測できない【武蔵】に接舷するのは非常に危険でした。
しかもすでに周囲は暗くなっていて、ふとした拍子に接触したらあっという間にこっちがお陀仏なのです。

軍艦旗が降ろされ、海に飛び込むように命令されますが、皆足がすくんで飛び込めません。
なにしろ20mもの高さがあるのです、いくら下は海で、衝撃で死ぬことはないとわかっていてもあまりに高すぎます。
しかし傾斜が酷くなると途端に傾斜速度は速くなります。
いつまでも【武蔵】にしがみついていれば、飛び込むどころか飛んでくる積載物などに吹き飛ばされてしまいます。

【武蔵】とともに死ぬか、【武蔵】の死を乗り越えて生きるか、1秒が何分にも感じる恐怖と戦いながら、ついに1人が飛び込み、そして次々と意を決して【武蔵】の甲板を蹴りだしました。
ですが最後まで飛び込む勇気が持てず、傾斜で滑り落ちる兵士や荷物に衝突して次々に左舷側に放り出されていく者もいました。
副長の「自由行動をとれ!」という命令を受けても、簡単に恐怖には打ち勝てません。
船乗りと言えば泳げて当たり前だと思われるかもしれませんが、特に志願兵などの急ごしらえの新兵の中には泳げない者もたくさんいました。
もちろんれっきとした海軍兵でも、泳げない者はいるわけです。
ここにいればあと数秒は生きている、しかし飛び込めば確実に溺れ死ぬ。
この場面で飛び込めなかった者を責めるのはあまりに酷です。

この時の【武蔵】の傾斜は30度程と推定されており、わずか20分で18度も傾斜が進んだことになります。
しかも命令が下るや否や、【武蔵】はさらに急速に傾斜し始めました。
【浜風】【清霜】も、その唐突な傾斜に巻き込まれるギリギリまで接近していたため、【浜風】後進、【清霜】前進で辛くも離脱しています。

船から飛び降りた後はいち早く船から離れなければなりません。
沈没する船は渦を生み出し、海水だけでなく人も飲み込み、また爆発も起こるからです。
横転し、煙突が半分ほど水に浸かったところで1回目の爆発が発生しました。
この後にも【武蔵】は爆発を起こしていて、ここまで生き抜いたのにこの爆発の衝撃で戦死した者も多数いました。

船から脱出しても、次は救助されるまで耐え抜かねばなりません。
試練は次から次へと敗者にのしかかってきます。
可燃物が除去されたことから浮遊物が極端に少なく、また極度の疲労により身体は重いため逆に力を抜くことができません。
さらに溢れだした重油が身体にまとわりつき、臭いや飲み込んだことで余計に身体を痛めつけます。
余裕のある者は服を脱ぎ棄てひたすら浮かぶことに集中できましたが、精神的に追い詰められている者は重しになる服を脱ぐことすら憚られ、やがて誰かにすがりつこうとする者がそこかしこで現れます。
それを振り払う気持ちはいかばかりか。

しばらくして、【清霜】【浜風】が救助の為に駆け寄ってきました。
ここが最後の試練です。
助かったとわかった瞬間、気力がプツッと切れて、穏やかな顔で沈んでいく者が次々と現れるのです。
救助されてから息を引き取る者、ロープに触れた瞬間に沈んでいく者、潮に流れないように駆逐艦は低速で動いているのですが、その小さな流れに耐え切れずに後方に流されてしまう者。

最終的に生存者は【清霜】が約500名、【浜風】が約830名救助されています。
栗田艦隊にその後の行動の指示を仰ぎましたが、返答がなかったため2隻はコロンへ向かうことになりました。

世界最大最強の戦艦の一翼を担った【武蔵】
ですが【武蔵】は最強であると同時に、最堅牢の戦艦であったことも忘れてはなりません。
日本側が報告している被弾内容は、「軍艦武蔵戦闘詳報」によると「被雷20本以上、被弾17発以上、至近弾20発以上」となっています。
恐らく被害状況を知るものとして最も一般的だと思われる、著:吉村昭「戦艦武蔵」に掲載されております資料がこちらです。

設計上での【武蔵】の予備浮力は57,450tで、戦闘詳報などの被害から推定される浸水量は35,000~40,000tと言われています。
なので計算上では【武蔵】はこれだけの被害を負ってもなお沈まないことになっていたのです。
ですが丸い物体ならともかく、こちらは船なわけですから、浸水する場所とその量によってバランスは大きく変わってきます。
【武蔵】は被害が左右にばらけたことで、【大和】のような沈み方はしませんでした。
しかし艦首に相当の浸水をきたしたことが復原力喪失に直結しており、結果浮力はあっても浸水に耐え切れなくなったことから沈没に至りました。
恐らく数多の駆逐艦のように艦首が吹き飛んでいれば、逆に【武蔵】は健在だったでしょう(後進で生還できたかどうかは別として)。

とは言うものの、浸水で沈む船はたいてい浸水による復原力の限界突破が原因なので、これで【武蔵】が堅牢だというのは少し違う気がします。
【武蔵】の場合は、被害に対して沈むまでの時間が非常に長いという点こそ堅牢さを物語る部分だと思います。
そして心血を注いで守ろうとしたバイタルパートは見事に被害を食い止めており、甲板被弾により第二機械室が使えなくなったほかはほぼほぼ守り通しています。
バイタルパートへの魚雷命中も何発もありますが、機関や弾薬庫に影響を与えてはいません。

加えてこの水上要塞である【武蔵】の被害は、他の艦の被害を最小限に食い止めることにもなりました。

【武蔵】と運命を共にした猪口少将は遺書に

「唯本海戦に於て他の諸艦に被害ほとんどなかりし事は誠にうれしく、何となく被害担任艦となり得たる感ありて、この点幾分慰めとなる。」

と記しています。
一方で猪口少将は対空射撃の威力と精度の悪さを嘆いています。
最終形態の【大和】が機銃と高角砲を山のように積み込んで沖縄を目指したわけですが、アメリカの機体は単発機も双発機も無数に現れます。
速射性が求められる対空機銃ではありますが、指揮統制はあっても照準は人力なので、遠くからいろいろ計算して船を狙う砲撃や高角砲とは全く勝手が違います。
それこそ旧時代の戦艦の砲撃戦のような、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる理論で戦うしかないのです。
そしてその手段である以上、精度を高める手段を徹底しなければなりません。

機銃の数は「レイテ沖海戦」に限れば非常に潤沢に配備されていたと言えるでしょう。
しかしそれでも【武蔵】【妙高】の被害、また他の艦の被害を見ても敵勢力に対しては不足していたと言わざるを得ません。
敵機は頑丈な構造で、25mm機銃程度では被弾はしても弾かれたり、数発の貫通程度では耐え抜かれているため、例え機銃の数が倍であっても被害は決して半減しません。
日本の40mm機関砲は「マレー作戦」でイギリス軍から鹵獲したボフォース40mm機関砲のコピーである五式四十粍高射機関砲が終戦時に僅かに製造されただけ。
アメリカはスイスのエリコン製FF20mm機関砲と不良の国産品28mm機銃からボフォース40mm機関砲への置き換えが進んでいたため、本来であれば日本が先んじてこの対策をとっていなければなりませんでした。
「シブヤン海海戦」での【武蔵】の戦う姿は、帝国海軍が旧態依然とした思考で太平洋戦争に抗い続ける姿そのものだったと言えるでしょう。

【武蔵】の生存者は、【武蔵】沈没を「証明してしまう」生存者であることから、隔離されて新たな所属先もないまま終戦を迎えています。
一部は輸送中に戦死、一部は移送されたコレヒドールやマニラでの戦いで戦死と、救助されてからも安寧の時が与えられない者が大勢いました。
そして終戦から70年となる2015年3月、アメリカのポール・アレン創設のチームがシブヤン海水深1kmで眠っている【武蔵】を発見しています。
【武蔵】の姿は沈没した時とは全く異なり、弾火薬庫からの度重なる爆発によりバラバラになっていました。

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