【松型駆逐艦　樅】
Momi【Matsu-class destroyer】

雲龍の初陣を守りきれず　蜂の巣をつつく迂闊な作戦の被害者

【樅】には、大正時代に建造された二等駆逐艦「樅型」が先代として存在しています。
「樅型駆逐艦」は太平洋戦争時も【栂、蓮】が駆逐艦籍に留まっていました。
また駆逐艦ではなくとも哨戒艇として戦争に参加し、数多くの艦が尽力しています。

【樅】は9月7日竣工ですが、実はこれは予定よりも竣工日が遅れています。
本来は9月3日が竣工予定日だったようです。

すぐに第十一水雷戦隊での訓練が始まりますが、1ヶ月半ほど後に発生する「レイテ沖海戦」には流石に間に合いませんでした。
10月25日、【樅】に最初の仕事が舞い込んできます。
それは【龍鳳】と【海鷹】を台湾の基隆まで護衛するというもの。
当時は「台湾沖航空戦」が繰り広げられた後ということで、航空機の補充が急務となっておりました。
この護衛には他に【梅】【桃】【榧】が参加しており、10月27日に無事に輸送は完了します。
日本に帰る際には、自らが発射した魚雷の舵故障により、自分に命中してしまい沈没した【米バラオ級潜水艦　タング】の生存者を捕虜として収容し、日本に送り届けています。

11月15日、【樅】は【桑】【杉】【樫】【檜】と一緒に第五十二駆逐隊を編成し、続いて23日には第三十一戦隊に編入されました。
そして翌々日の25日に【樅】はシンガポールへ向かうヒ83船団の護衛に参加します。
輸送の中心は再び【海鷹】で、駆逐艦は他に【卯月】【夕月】【榧、檜】がメンバーでした。

この頃のヒ船団は護送船団方式のため船の出入りが多く、基隆が本来の目的地であった【卯月、夕月】とは道中でお別れ。
さらに【樅、檜、榧】は高雄まで。
【榧】はその後タマ35船団とともにマニラへ向かいましたが、【樅、檜】は呉に戻っていきました。
この後ヒ83船団はシンガポールに到着するまでに【第64号海防艦】が沈没してしまいましたが、悲しいかなヒ船団で1隻の海防艦沈没程度ならよくやったほうでした。

日本に戻ってきた【樅】は、またまた空母の護衛をすることになります。
12月17日、【樅】はすでに正規空母の役割を果たすことができない【雲龍】の護衛を任されます。
向かうのはマニラですが、そのマニラまで何故【雲龍】を護衛するのか。
それは特攻兵器「桜花」の輸送のためでした。
【雲龍】は初陣が「桜花」輸送という悲しい運命を背負うことになりますが、しかしそれ以上に悲しい結末が待っていたのです。

【檜】が【時雨】とともに呉を出発してから2日後の19日、台風により海が荒れる中を航行していた【樅】らは、前日から潜水艦の電波を探知していたために警戒を続けていました。
しかし【米バラオ級潜水艦　レッドフィッシュ】はその警戒をかいくぐり魚雷を放ちます。
魚雷の発射音を探知後、【雲龍】は4本のうち3本を回避しますが、残り1本が右舷に直撃。
第一、第二缶室が浸水し、【雲龍】はやがて停止してしまいました。
そして動かなくなった的に止めの一撃が入り、【雲龍】はこれ以上のない皮肉、特攻機「桜花」の誘爆によって沈没してしまいます。

【レッドフィッシュ】は【檜】の爆雷投下によって損傷し、逃げていきましたが、護衛対象が沈んでしまった以上、任務は失敗です。
【時雨】はこの後舵が故障したことで佐世保まで帰っていきましたが、【樅】は【檜】と高雄へ入港し、その後、今度は己が輸送任務の中心になるためにマニラへと出発しました。
マニラ到着後、カムラン、サンジャックと輸送をし、そして12月24日から30日の1週間は第三十一戦隊の旗艦も務めました。

31日、【生田川丸】を護衛して【樅、檜】はサンジャックを出発し、翌年1月4日にマニラに到着。
未だにマニラには南西方面艦隊など一部の司令部や設備が残されていましたが、5日には南西方面艦隊司令部がバギオへ移転（移動手段不明）。
そして連合軍の輸送部隊がマニラに迫っている（目的地はリンガエン湾）という情報を受けて、同日【樅、檜】も退避命令を受けて早々に脱出します。
このとき【生田川丸】と一緒にマニラを離脱していたのですが、同じタイミングでマニラから逃げ出した船としては他に【第二氷川丸】や輸送艦がおり、これらが全て一緒に行動したかどうかはよくわかりません。

カムランを目指していた【樅】達でしたが、このとき南西方面艦隊は余計なことを思いつきます。
つい先日、【清霜】が沈没したとは言え「礼号作戦」は一応成功の部類に入る戦果を収めました。
この結果を受けて、【樅】と【檜】に二匹目のドジョウを掬いに行くように命令したのです。

でもまず「礼号作戦」の戦果なんてあってないようなもので、それに【足柄】【大淀】のような巡洋艦の攻撃が備わっていました。
ところが今回は12.7cm高角砲の貧弱駆逐艦2隻です。
そもそも「礼号作戦」前も嵐があったとは言え「松型」3隻の似たような命令を途中で取り消しています。
よしんば奇襲に成功したとしても、反撃から逃げるのは至難の業ですし、被弾数発で吹っ飛びます。
ドジョウ掬いのザルの網目が粗すぎる。
しかし律儀に【樅、檜】は反転し、見事にバレることなく敵艦隊の後ろに回り込んだのです。

一方リンガエンへ向かう連合軍は、この時神風特攻隊の攻撃があり、多少なりとも疲弊していました。
そんな艦隊に対して無謀にも【樅、檜】は攻撃を開始。
標的となったの護衛の【豪スループ　ワレーゴ、ガスコーニュ】で、まずは狙い通り先手を打つことができました。
（役に立たない豆知識：ガスコーニュはフランスのガスコーニュ地方ではなく、オーストラリアのガスコーニュ川が命名の由来。ガスコーニュ川の由来自体もイギリス人の名前なのでフランス関係なし）

しかし【米フレッチャー級駆逐艦　ベニオン】が反撃に加わったこともあって、1時間に渡る双方の小競り合いは大事になりませんでした。
ですが奇襲が失敗したとなると、どう考えても危ないのは【樅、檜】です。
アメリカの輸送船団にはたいてい護衛空母が加わっていますので、正規空母がおらずとも空襲の危険性は高いです。
そして案の定、撤退する【樅、檜】に対して追手が差し向けられました。

艦載機からの爆撃が2隻を振り回し、やがて【檜】が被弾し、機関が損傷して航行不能となります。
【樅】はその後も戦い続けましたが、空襲で舵を損傷。
そこへ爆撃か魚雷を受けた【樅】は耐えることができず、全く無駄な出撃命令によって沈没してしまいました。
【檜】はこの後奇跡的に機関を復旧させ、空襲と潜水艦の襲撃から逃げ切ってマニラまで帰ってきたのですが、翌日サンジャックへ向かうところを補足されて、こちらも撃沈されてしまいます。