②昭和19年/1944年(甲板延長時)
起工日 | 昭和8年/1933年4月12日 |
進水日 | 昭和8年/1933年11月16日 |
竣工日 | 昭和9年/1934年3月31日 |
退役日 (解体) | 昭和21年/1946年9月25日 |
建 造 | 横須賀海軍工廠 |
基準排水量 | ① 13,360t |
水線長 | ① 210.00m |
② 212.07m | |
垂線間幅 | ① 19.58m |
② 19.78m | |
最大速度 | ① 26.5ノット |
② 26.2ノット | |
航続距離 | ① 18ノット:8,000海里 |
② 18ノット:8,080海里 | |
馬 力 | ① 52,000馬力 |
装 備 一 覧
昭和17年/1942年(改造時) |
搭載数 | 艦上戦闘機/18機 |
艦上攻撃機/6機 | |
補用機/7機 | |
格納庫・昇降機数 | 格納庫:2ヶ所 |
昇降機:2機 | |
備砲・機銃 | 40口径12.7cm連装高角砲 4基8門 |
25mm三連装機銃 10基30挺 | |
缶・主機 | ロ号艦本式ボイラー 4基 |
艦本式ギアード・タービン 2基2軸 | |
飛行甲板 | 長185.0×幅23.0 |
甲板延長時(昭和19年/1944年) |
搭載数 | 艦上戦闘機/21機 |
艦上攻撃機/9機 | |
補用機/2機 | |
格納庫・昇降機数 | 格納庫:2ヶ所 |
昇降機:2機 | |
備砲・機銃 | 40口径12.7cm連装高角砲 4基8門 |
25mm三連装機銃 10基30挺 | |
25mm単装機銃 12基12挺 | |
13mm単装機銃 6基6挺 | |
缶・主機 | ロ号艦本式ボイラー 4基 |
艦本式ギアード・タービン 2基2軸 | |
飛行甲板 | 長200.0×幅23.0 |
怪我に泣き戦況に泣き それでも生還組 龍鳳
【龍鳳】は【祥鳳】【瑞鳳】【千歳】【千代田】とともに、「ロンドン海軍軍縮条約」の対策として空母改装を前提として建造された船でした。
【龍鳳】の前身は【潜水母艦 大鯨】といい、潜水艦用の補給艦として任務についていました。
【大鯨】の建造は初めて船体全体を溶接する電気溶接によって行われたのですが、これが工程を困難にしていました。
歪みの矯正のために二度も艦首を切断するなど、大変な作業でした。
また、【祥鳳】と同じくディーゼルタービンにも支障が多く、竣工後にも苦労が絶えませんでした。
【大鯨】が【空母 龍鳳】に生まれ変わることになったのは太平洋戦争開戦直後の昭和16年/1941年12月20日。
本来なら3ヶ月で空母改装が完了するはずでしたが、またもや災難が【龍鳳】を襲います。
上記の通りディーゼルタービンは思うように作動せず、これを蒸気タービンに換装する必要がありました。
さらに想定外だったのは、アメリカ軍の空襲でした。
機関の換装で手間取っていた【龍鳳】の上空を飛び交う【B-25】が爆弾を投下、その爆弾はドックの【龍鳳】を直撃したのです。
「ドーリットル空襲」です。
大穴があいた【龍鳳】は当然修理するほかなく、結局【龍鳳】が竣工したのは改装から1年近くたった後でした。
まだまだ【龍鳳】の災難は続きます。
初任務としてトラック泊地へ向かう道中で、【龍鳳】はいきなり米潜水艦の洗礼を受け、【時津風】とともに早々に横須賀へ帰還しています。
その後はしばらく輸送任務につき、ようやく実戦に投入されたのは「マリアナ沖海戦」ですが、この頃の日本の状況は非常に厳しいものでした。
【大鳳】【翔鶴】は沈没し、翌日には【飛鷹】も後を追います。
【飛鷹】と共に商戦から改造されたものの、多くの活躍を見せた【隼鷹】も大破してしまい、【龍鳳】はこの2隻の航空機の着艦を支えながら必死に攻撃をかいくぐります。
間一髪爆弾の直撃を免れた際はおもいっきり舵を切ったため、飛行甲板上の【零戦】が3機も海没してしまいました。
【龍鳳】はこの大敗北した「マリアナ沖海戦」において、ただの1人も死者を出さずに生還しています。
昭和19年/1944年7月10日時点の兵装 |
高角砲 | 40口径12.7cm連装高角砲 4基8門 |
機 銃 | 25mm三連装機銃 10基30挺 |
25mm連装機銃 4基8挺 | |
25mm単装機銃 20基20挺 | |
13mm単装機銃 6基6挺 | |
単装機銃取付座 3基 | |
(のち12cm28連装噴進砲6基増備) | |
電 探 | 21号対空電探 1基 |
13号対空電探 1基 |
出典:[海軍艦艇史]3 航空母艦 水上機母艦 水雷・潜水母艦 著:福井静夫 KKベストセラーズ 1982年
その後は飛ばせる航空機もなくなってしまったため、【龍鳳】は再び輸送任務につき、特攻兵器「桜花」をフィリピンへと送り届けました。
しかしこの作戦も失敗し、護衛対象の輸送船は9隻中5隻が沈没、無事輸送できた「桜花」は58機のうち、たった2機とひどいものでした。
やがてアメリカ軍の空襲にさらされて【龍鳳】は呉の海で航行不能になり、そのまま防空砲台として静かに終戦を待つことになります。
【龍鳳】は目立たない空母でしたが、その歴史は苦労の連続でした。