「零戦」に防弾性がないのは止むを得ないのか | 大日本帝国軍 主要兵器
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「零戦」に防弾性がないのは止むを得ないのか

零戦開発物語零戦シリーズ制覇
零戦+防弾性-Xのif考察零戦と戦った戦闘機達
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防弾性を持たせた場合、効果や意味はあったのか

「零戦if」ではラフな感じで「零戦」を頭の中で組み替えてみましたが、こちらではもう少し硬いお話となります。
こちらでは7.7mm機銃対応の自動防漏タンクや防弾板を開発当初もしくはかなり初期の段階から搭載したとしたら、という前提で話をしていきます。
相変わらず私はせいぜいこのHPを運営する程度の知識しかないので、おかしなこと書いていてもスルーしてくださいと保険をかけておきます。

まず効果ですが、これは難しい話ではありません。
7.7mm対応では足りないのが目に見えているからです。
「P-36」12.7mm7.62mm機銃「P-40」は初期型が12.7mm7.7mm機銃「P-40E」12.7mm機銃「F2A-3」12.7mm機銃「F4F」12.7mm機銃
確かに防げた被弾もあるでしょうけど、数値上では効果なしです、重りになっただけです。
「F4F-4」も、主翼の折り畳み機構と防弾板搭載により動きが鈍重になったとクレームが殺到したそうです。
同じ理由で「五二乙型」から搭載された8mm防弾板も、重くなったという感覚が強いわりに頼れるものではありません。

じゃあ12.7mm対応とか防弾ガラスとかつけとくべきだろと言うのも、世界中で「零戦」開発の時期にここまで重厚な装備した戦闘機いないんでちょっと高望みしすぎだと思います。
この時の日本にそんな「他国にはない防弾性を」みたいな先進的、ともすれば時代錯誤な発想を取り入れることなんてできません。
しかも「支那事変」での敵は別に強い戦闘機というわけでもありませんでしたから、戦闘機の防御を高めようという議論が生まれるきっかけもありません(陸攻はありましたが)。
戦時下ではないのにここまで強化するという案は、よその国でも当時は却下されたような気がします。
第二次世界大戦がはじまるのは「零戦」誕生から半年後ですから、防弾性を高めてパイロットを守ろうなんて考えは世界的にも全く優先度が低かったでしょう。

ところが「7.7mm機銃対応の自動防漏タンクを装備する【意味】はあったか」という問いだとすると、ガラッと話が変わってくると思っています。
ただこれも難しい話ではなくて、「隼」のように早い段階で防弾性を強化する未来はあったんじゃないか、ということです。

「隼」は数値比較では「零戦」を少しボリュームダウンしたようなものです。
「隼」も非常に軽量化された機体で、急降下に弱いのは「零戦」と同じでしたが、ちょっと小さいという重量差を自動防漏タンクに割くことができたと言い換えることができます。
そして「隼」の自動防漏タンクは「一型」は7.7mm対応ですが、「二型」の途中からは12.7mm対応になってます。
そして同時に「二型」ではこれも途中からですが12.7mm対応の防弾板(8mm2枚重ね)が装着されています。
「一型」の量産1号機が誕生したのが昭和16年/1941年4月、「二型」が戦場に現れたのは昭和17年/1942年11月です。

一方で「零戦」が翼内タンクに自動消火装置を装備したのは「五二型」の途中からなので、登場するのは昭和19年/1944年と完全に追い詰められてからの投入になります。
なので7.7mm対応では足りないにしても、最初っから搭載していたら「効果がほとんどない」と早く気付き、もう少し早い段階から防弾性を強化ことができたかもしれません。

「隼」への評価で「人命軽視の設計」というのは見たことがありません。
開戦時は「一型」の量産が始まっていたところですが、前述の通り7.7mm対応では基本的には効果は薄いのですから、防弾性がないもしくは不足しているのは確実です。
しかし「零戦」と同じ誹りは受けておらず、つまり現代の評価は「防弾性を考慮した設計か否か」というものであって、決して「防弾性の性能が足りていたのか不足していたか」ではありません。
「零戦」は防弾性はないし考慮もされていない、「隼」は防弾性はほとんどないけど考慮はされていた、というわけです。

現在の戦闘機だって、相手が装備をしている武器に耐えられる防弾性は備えることはできません。
そんなの当たり前で、空対空ミサイルや地対空ミサイルが命中したら敵いっこないんです、命中しても耐えるのであれば飛行戦艦クラスが必要になります、SFの世界です。
だから今の戦闘機はロックオンされたことを感知したり、脱出装置を充実させることで人命を守ろうと対策を取っているのです。
「B-29」だって開戦当初から「零戦」20mm機銃を搭載しているのにそれに対する防弾性はありません。
代わりに大量の機銃を張り巡らせて、近寄らせないように対策を取っているのです。
人命最優先では兵器としての性能が落ちてしまいます。
今も昔もそこのバランスの中で兵器開発が進んでいて、できることには限界があります。

蛇足ですが、「隼」が搭載した自動防漏タンクと言うのは、弾が飛び込んでからタンクの中に仕込まれているゴムがガソリンを吸収して膨張、穴をふさぐという構造ですが、防弾タンクは弾がタンク内に飛び込まないようにするものなので、似てるようで全然違います。
口径対応があるのは、単純にゴムが破壊されて穴がふさがらないためです。
だから7.7mm対応の自動防漏タンクに12.7mm機銃を撃ち込まれると穴はふさがりません。

また燃料内に弾丸が到達するということはそれだけ火災発生リスクが高いので、これは各国の自動防漏タンクの弱点でもありました。
燃えないようにするのではなく燃料漏れを防ぐ装備なので、もちろんないよりマシですが、当時は自動防漏タンク以上の高性能の燃料タンクがなかったというのも影響しているのです。

それに防弾装備があるだけでパイロットの心理的な安心感というのも少なからず増したと思います。
8mm防弾板では12.7mm機銃に貫通されると言いましたが、どの角度どの距離からでも貫通されるわけではありません。
貫通される時もあれば防いでくれる時もある、それは防弾ガラスも同様です。
この「防いでくれる時もある」、があるかないかは大違いでしょう、この機体だとまだ助かるかもしれないのです。
自動防漏タンクが効果を発揮するということは、被弾しても燃料がダダ漏れになることもないから、燃料不足でお陀仏という恐怖もかなり解消されます。

ただ、たとえ最初から「零戦」が7.7mm対応の自動防漏タンクを積んでいても、海軍がすぐに航続距離減らして12.7mm対応にグレードアップさせるような柔軟性があったかなぁという懸念はすごくあります。
「五二型」の設計をしている段階ではまだ航続距離は欲しい時期でもあったのでちょっと仕方ない面もありますが、「二一型」の855ℓに対して「二二型」「五二型」は重量増、燃費悪化による航続距離減を補うためにこれが870~890ℓにまで膨らんでいます。
自動消火装置の実験成果はよかったらしいですが、航続距離の未練を断ち切るのが遅かった海軍がスパッと割り切ってはい燃料減らして防漏タンク強化と判断できたかどうか。
この頃まだ内袋式防弾タンクの実装が難しかったので、根源的な問題はむしろこっちにありますが、開発を促進しようという考えが希薄だったんですから技術ばかり責めるのもよくありません。

結論としては、それを言っちゃあお終いだよとなりますが、搭載する意味があるかどうかは海軍の行動次第、という感じです。
先述していますが、アメリカの「F4F-4」は防弾性強化により操縦性が低下しています。
しかしあなたが生きるためだとパイロットを説得しているのです。

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最初から防弾性がないのは仕方ないのか

「零戦」の核の部分に話が進んできましたが、この問題は奥行きが広すぎるので、誰でも好きなように喋れる気がします。
なので私も臆せず勝手に自分の考えを垂れ流そうと思います。
「最初から」と書いている通り、どちらかというと開発段階に焦点を当てています。

まず防弾性のない「零戦」はすこぶる活躍しました、これは揺ぎ無い事実です。
相手が油断してたとかいちゃもんつけようと思えばいくらでもつけれますが、歴史を振り返って「零戦」は活躍していないとは決して言えません。
基本的に軍用機の生涯は、特にこの時期は短命でした。
しかしそんな中でも、無理矢理延命させられたとはいえ「零戦」は確実に世界上位クラスの戦闘機だった時があったのです(最高は言えない、実質アメリカ機としか対戦してないし)。
アメリカでも迂闊に手を出すなと警告しているぐらいですから、舐めちゃいかん相手だと認めたわけです。

現実の「零戦」は軽量化することによって防御力を捨てましたが、軽量化しない「零戦」だって絶対何かを失っていますし、そんな「零戦」はどうなっただろうということは「零戦if」のほうで書いてきました。
そしてそれは日本だけの問題ではなく、どこの国も絶対何かを失っている、というか比率的に劣っている部分が必ずあります。
運動性において「零戦」がずば抜けていたということはすなわち、他国は運動性の優先順位が機体性能の中で高くなかったことの裏付けです。
そんな中で攻撃に全ステータスを集中させている「零戦」が相手を完全に上回ってしまったので、やっぱり攻撃は最大の防御じゃんと、海軍に変な自信を付けさせてしまったのは否めません。
本来ならタイミングと戦訓から「三二型」などで応急の防弾板装着はできたはずです。
小福田租少佐(当時)は昭和18年5月3日の「戦訓ニヨル戦闘機用法ノ研究」において、「戦闘機の防御は技術的に不可能なりと頭から決めてかかり、研究を怠る如きことあらば、将来必ず悔いを残すことあるべし」と残していて、実際この時期に言っても全く遅いのですが、逆に言えばこの時期でもこういうことを言わないとダメなぐらい防弾性に関しては軽視され続けていたと言えます。

一方でグラマン製の「F4F」だって最初から自動防漏タンクを装着しているわけではありません。
頑丈で有名なグラマンですが、機体そのものが頑丈であるだけで、設計当初から防弾板を付けるという意識はありません。
頑丈というのは壊れにくいということであって、貫通されないという意味ではありません。
だから「F4F」ですら防弾板があとから追加されたのです。
つまり戦闘経験のない国の初期設計時の意識はどっこいどっこいです。

逆に言えば、現実に戦闘をするための設計じゃない限りは防弾性はあまり考慮されないということになります。
兵器って難しくて、平時はカタログスペックがかなり重要ですが、戦時になると使い勝手が悪かったらカタログスペックなんて看板倒れなのです。
基本的にはカタログスペックベースで「うちの兵器はここが負けている、ここが勝っている。だから次の兵器はこれが必要だ、将来はこんな時代になるだろうからこれを研究しなければ」という判断を下して次の兵器開発を進めます。
しかしいざ戦闘状態に陥ると、勝つために必要なものをふんだんに取り入れ、必要ない要素は徹底的に削っていきます。

カタログスペック上では高水準のものだって、現実の戦闘に使わないのなら全く意味がありませんし、それはどれだけ事前に研究していようとも、実際の戦闘状態に入ってみなければわからないことが膨大にあります。
第一次世界大戦はそもそも数ヶ月で終わると言われていましたし、その後塹壕戦になるなんて誰が想像したでしょうか。
その後塹壕戦で勝つために戦車をはじめ大量の兵器が開発されましたが、言い換えれば平時に開発してきた兵器だと塹壕戦に向かないということです。
海軍の魚雷がどれだけ強かろうが、主砲がどれだけ強かろうが、戦争に即していましたか?
太平洋戦争開戦直前、日米ともに最新の戦艦を揃えています。
空母の重要性が増したとはいえ、戦艦がまさか5年以内にいらない子扱いされるなんて誰も思っていません。
開戦後に「松型」とか「秋月型」(設計は開戦前ですが)の強化とかに全力を注いだように、戦闘状態に陥ってから初めてわかるものというのは相当多いのです。

「隼」「零戦」と同時期の軽量戦闘機ですが、こちらは「九七式戦闘機」「ノモンハン事件」で敵機と戦闘を行った経験から防弾性の要求があり、7.7mm機銃に対応する防漏タンクの採用に影響を及ぼしています。
だから昭和15年/1940年を目前にして、日本海軍は防御を削って攻撃に振り替えたことで爆撃機の護衛ができるようになったという成功体験をし、一方で武器貸与など間接的に第二次世界大戦に参戦して戦訓を得たアメリカや、「ノモンハン事件」を経験した日本陸軍は防御をちゃんと防御として強化しようと対策を取ったということになります。
それに「雷電」の開発指示の際には背面の防弾板装着も要求されているので、ただ単に「零戦」開発のタイミングでは必要ないと思われていた、ということです。
ですがこの設計で「零戦」は見事に相手のツボを突く強さを手に入れたわけです。

そもそもどこまで防御を厚くするかにもよりますが、結局重たい「零戦」が現実のような活躍を見せることはありません。
日本は設計に無理が生じてしまうぐらいのエンジンしか開発できなかったのが最大の問題点でした。
日本は航空機開発全体が後発ですから、当然エンジン開発もスタートが遅れていました。
これでも随分巻き返していたところだったのですが、巻き返し切れていないタイミングで「支那事変」などが発生してしまったので、結局要求が無理難題となってしまったのです。
極論、2,000馬力のエンジンが当時存在していたらこんな論争全部吹っ飛びます。
その分要求も過剰になることも想定されますが、現実の「零戦」はほとんど重量的な余力がありません。

燃料タンク以外も7.7mm機銃でもちょっとやそっとじゃ落ちないぐらい頑丈にするとなると、「F4F」の全備重量が3,400kgを超え、「零戦」より700kgも重いのですから当時の日本のエンジンの馬力ではノタノタするのは目に見えています。
じゃあ「瑞星」「栄」「金星」のエンジンのどれでもいいですが、「零戦」に+700kgされると果たして時速は何kmになり、運動性はどうなるのでしょうか。

ノタノタする戦闘機なんて何の役にも立ちません、どれだけ頑丈でも足も遅けりゃ身のこなしも悪いとなると、敵を落とすことはできません。
そういう性能は爆撃機とかに与えるべきです。
結局舞台が戦争である以上、活躍したかどうかというのは物凄い重要な要素なのです。
100機落ちても150機落とせば勝ちですが、これを50機まで被害を抑えたけど30機しか落とせなかったではいかんのです。
そして防弾性を持たせるということは、当時の技術では後者の「零戦」を生み出すことになるのです。

当時の日本としては150機を落とす機体を求めるのは当然で、被害を50機まで抑える設計をするのはこの次です、エンジンのパワー不足の日本にとって、「零戦」はまだホップステップジャンプのステップなのです。
だから私は防弾性がない設計となった「零戦」を責めるのは正直酷だと思います、「零戦」はあくまで次の段階へ進むための過程でしかなかったはずです。

強力なエンジンがあれば機体重量に幅を持たせることができましたし、当然防弾装備を後付けすることにも抵抗がいくぶん少なかったはずです。
「零戦」は当時の日本の技術力では少々高望みしすぎた性能でありましたが、何とか序盤で敵を圧倒することに成功します。
しかしどれだけ強くても平時設計のままでズルズル戦えるほど戦争は甘くありません。
だから「雷電」がいつできるかというのはめちゃくちゃ重要でした。
ところがこの「雷電」がいつまでたってもまともに扱えず、このおかげで「烈風」も待たされて、挙句エンジンのゴタゴタで戦争に間に合いませんでした。

繋ぎの「零戦」は主力となってしまい、そして航続機体の問題からありとあらゆる運用に「零戦」を乱用して日々を耐え凌ぐしか道がなくなってしまいました。
その中で「零戦」の最大の長所だけは捨てきれず、「零戦」とは呼べない性能にすることを嫌った結果、戦争後半に一気にツケを払うことになったのです。