常備排水量 | 5,595t |
全 長 | 162.46m |
水線下幅 | 14.17m |
最大速度 | 35.3ノット |
航続距離 | 14ノット:5,000海里 |
馬 力 | 90,000馬力 |
大所帯の予定が3姉妹に 4本煙突の長女 川内
5,500t級軽巡洋艦最後の登場となった「川内型」は、帝国海軍の軽巡洋艦の真打ちと言ってもいい存在でした。
何しろ建造予定は「長良型」よりも多い8隻。
設計も、かなり似ていた「球磨型」と「長良型」とは違い、「川内型」は違いがはっきりしています。
一番わかりやすいのは煙突です。
「球磨型、長良型」はともに3本煙突ですが、「川内型」は4本煙突。
これは、これまでの軽巡洋艦よりも石炭の燃料比率を増やしたため、その結果排煙も増加することに対応したためでした。
石炭の比率を上げたのは、輸入に頼らざるをえない石油よりも、国内で調達できる石炭を使うほうが非常時の対策がとりやすいためです。
なにせ「八八艦隊計画」ですから、その完成の暁には石油バカ食いの戦艦だらけになっています。
巡洋艦に回せる燃料がどれだけ残っているか全く想像ができません。
これに伴い船体のスペースが変わったため、ウェルデッキも1番煙突の前だったものが後ろに変わったり、後部マストの位置もこれまでが6番・7番砲塔の間だったものが5番・6番砲塔の間になっています。
さらに改装後はカタパルトが6番・7番砲塔の間に設置(「球磨型、長良型」はその逆)されています。
なお、煙突が4本になったことやこれまで小型だった混焼缶も大型化されたことで、排水量は100t近く増えています。
その代わり公試出力は5,500t級では最高でした。
しかし兵装面では大きな更新はなく、「川内型」は強化というよりも現実に沿った改善といった誕生でした。
このように、新しい見地から建造された【川内】ですが、しかし8姉妹の実現は叶いませんでした。
「ワシントン海軍軍縮条約」の締結です。
これによって「八八艦隊計画」は断念せざるを得なくなり、「川内型」も3隻の建造に留まることになりました。
ちなみに四女になるはずだった【加古】は、その名前を継承したまま「古鷹型重巡洋艦」の二番艦としてグレードアップしています。
さらに残りの4隻のうち3隻は【音無瀬、水無瀬、綾瀬】という名が内定していたようです。
このように見分けがつきやすい「川内型」ですが、【川内】はさらに「川内型」の中でも特定が容易な船です。
【神通】は「美保関事件」で、【那珂】は建造中の関東大震災の被害でともに船体に大ダメージを負っています。
そしてこの修理の際に艦首の形状がスプーン・バウからより凌波性の高いダブルカーブド・バウへと改良されたのです。
【阿武隈】も【北上】との衝突の後に同じ処置が施されており、水雷戦隊の旗艦を任された面々では、【川内】だけが怪我をしなかったが故に旧式の艦首のままだったという結果になっています。
その後、日本は大型巡洋艦、のちの重巡洋艦の建造に力を注ぐことになり、「川内型」の3隻以降、軽巡洋艦は長らく建造されることがありませんでした。
そのため、「阿賀野型」が竣工するまでは彼女らが最新の軽巡洋艦。
装備や改装も優遇され、さらにその役目も水雷戦隊の旗艦や主力艦としての戦闘巡洋艦であり、常に最前線に投入されいてます。