恐れ知らずの潜水艦に瞬殺 第十七駆逐隊の瓦解
死屍累々の餓島を脱出した日本ですが、前線を下げた事実は変わりません。
【谷風】は5月に日本でいったん整備を行い、6月16日に【金剛】【榛名】などの艦隊とともに横須賀を出発してトラックに向かいます。
到着と同時にナウル輸送を実施し、これも無事に達成できたのですが、この時ニュージョージア島には魔手が忍び寄っていて、6月末にはニュージョージア南のレンドバ島に連合軍が上陸。
これに伴い【谷風】は【鳥海】【涼風】【雪風】とともにラバウルに急遽進出し、その後ニュージョージア周辺の強化のために輸送を行うことになりました。
まず7月2日深夜に【新月】を旗艦とした第三水雷戦隊がコロンバンガラ島へ向けて出撃します。
この輸送には【谷風】は参加していません。
この輸送では哨戒中の敵駆逐艦に向けて放った魚雷が【米フレッチャー級駆逐艦 ストロング】に命中し、その後陸上からの砲撃により沈没させることができましたが揚陸作業はできませんでした。
なので翌日には再度輸送を実施することになったのですが、ここで【谷風】も輸送に加わることが決まりました。
この輸送では実際に輸送を行う輸送隊とは別に敵艦隊との戦闘に備えた警戒隊が編成され、その警戒隊は旗艦の【新月】と【谷風、涼風】の3隻でした。
ちなみに輸送隊には同じ第十七駆逐隊の【浜風】もいました。
一行はショートランドを出撃し、前日同様コロンバンガラのクラ湾を目指します。
対して連合軍ですが、ツラギで給油を行っていたところに偵察情報として【谷風】らがコロンバンガラに向かっていることが伝えられます。
敵側には軽巡が3隻もおり、戦力的には敵駆逐艦を返り討ちにするには十分でした。
【米ブルックリン級軽巡洋艦 ホノルル】を旗艦とした第36.1任務部隊は急遽クラ湾に戻り迎撃態勢に入ります。
深夜23時を過ぎたところで、【新月】の電探に反応がありました。
十中八九敵艦隊ですから、警戒隊は臨戦態勢に入り、また第二輸送隊を分離させました(第一輸送隊は探知前に分離)。
しかし分離してからしばらくもしないうちに同航する艦影を確認し、第一、第二輸送隊は急遽警戒隊の支援に回るために引き返しました。
そしてここに「クラ湾夜戦」が勃発したのです。
第36.1任務部隊は旗艦であろう大型の【新月】に狙いを集中させます。
軽巡の15.2cm砲までもが【新月】に次々と降り注ぎ、【新月】は成す術もなくタコ殴りにされてしまい通信もままらなくなりました。
しかしこの【新月】の集中砲火の裏で【谷風】と【涼風】には被害がなかったため、海戦開始直後に魚雷を発射して退避。
【新月】の無残な姿を目に焼き付けながら、次の魚雷をぶちかますために再装填を急ぎました。
そして2隻の放った魚雷は3本【米セントルイス級軽巡洋艦 ヘレナ】に命中し、やがて沈没。
【新月】相手に圧倒していた第36.1任務部隊に衝撃を与えました。
【新月】はその後舵故障や火災などで行方不明となり、最終的には沈没認定されましたが、敵の視線を集中させたことで【へレナ】を道連れにすることができたと言えるでしょう。
ですがこの後【谷風】と【涼風】を追撃する砲撃などの影響で、戦場に戻ってくるのにずいぶん時間がかかってしまいました。
【谷風】は次発装填装置が故障し、【涼風】も1番砲塔が停止。
結局2隻は最初の魚雷発射以外は何もできませんでした。
一方で戦闘開始直後に戻ってきた第二輸送隊の【天霧】【初雪】が敵との交戦に入りました。
この攻防の中で【初雪】に2発の被弾があるもののいずれも不発で事なきを得、互いに距離をとったことで戦闘は終結。
結局海戦直後から数分のドタバタが戦いのピークで、輸送隊の援護はそのピークに間に合いませんでした。
ところが輸送隊は輸送隊で大きなトラブルがありました。
【浜風】は多くの揚げ残しを抱えたまま離脱し、さらに【長月】は座礁してしまい、にっちもさっちもいかなくなります。
物資と人員の揚陸と並行して【長月】の離礁作業が懸命に行われ、揚陸を終えた【皐月】が曳航を試みますが、状況は全く改善しませんでした。
【長月】救出にあの手この手を使いましたが、時刻は4時を回り、このままでは夜明けとともに空襲を受けかねません。
結局【長月】は放棄されることになってしまいました。
また【天霧、初雪】も揚陸後の撤収中に【ヘレナ】乗員救助中の【米フレッチャー級駆逐艦 ニコラス、ラドフォード】に見つかってしまい、ここでも攻撃受けています。
【天霧】も反撃の魚雷を流したのですが、これは命中せず、この小競り合いも双方大きな被害はありませんでした。
「クラ湾夜戦」はそこそこの輸送を達成したものの、三水戦旗艦と司令部、そして【長月】を失いました。
被害は大きく、この後も「コロンバンガラ沖海戦」で二水戦旗艦と司令部を喪失したことで海軍の編成のやりくりは非常に難しくなりました。
【谷風】はこの戦いの中で揚錨機が壊れてしまい、ラバウルで応急修理を受けた後にトラック経由で日本に戻っています。
8月15日、【谷風】は【隼鷹】を護衛してシンガポールへの輸送を実施。
日本に戻った後は丁一号輸送部隊が編成されて【多摩】【木曾】【大波】が加わり、トラックへと向かいました。
10月31日にはまた日本に戻ることになりましたが、この本土帰還の暗号が漏洩していたようで、11月5日に豊後水道に差し掛かったところで【隼鷹】が【米ガトー級潜水艦 ハリバット】の雷撃を受けて舵を故障してしまいます。
幸い曳航が可能な状態で、かつ曳航できる能力がある【利根】がいたことで、【隼鷹】を含めた部隊は航行を続けることができました。
【谷風】はこの被雷の衝撃で海に投げ出された【隼鷹】の乗員2名を救出しています。
呉に入った【谷風】は対空兵装強化のために2番砲塔を25mm三連装機銃2基に換装。
その後トラックに向かい【大和】らを護衛して再び日本に戻ってきます。
当時ニューアイルランド島のカビエンへの輸送である「戊号輸送作戦」が決定されていて、【谷風】は戻ってきた3日後の12月20日には戊一号輸送のために再びトラックへ向けて出撃ししました。
大量の物資輸送が必要だったため、燃料ドカ食いの【大和】すら運搬任務につく有様です。
戊一号輸送は【谷風、大和】のほかに【山雲】がいて、いくら【大和】がくそでかいとはいえわずか3隻の輸送でした。
その3隻の輸送ですが、トラックに近づいてきた25日、世界最大の戦艦が来るのを遠くで臨んでいた存在がありました。
【米バラオ級潜水艦 スケート】です。
【スケート】は暗号解読により【大和】がこの航路を通過するとの報告を受けていて、まるでサンタのプレゼントのように【大和】達はクリスマスに【スケート】の前に現れました。
【スケート】は射程内に入ってきた【大和】に対して魚雷を発射し、その魚雷は見事に【大和】に1本命中します。
しかし世界最大の戦艦の防御力は桁外れで、魚雷が当たったにもかかわらず【大和】の動きは何一つ変わりません。
必殺兵器の魚雷を受けて違和感すら感じない化物を目の当たりにした【スケート】はどのような心境だったのでしょう。
【谷風】と【山雲】が「なんか当たったんじゃない?」と尋ねたところでようやく被雷に気付き、実はその被害で3,000tの浸水をしているとは全く思えない様子で【大和】は航行を継続。
【スケート】がクリスマスに目撃したのはサンタではなく怪物でした。
とはいえ3,000tの浸水が無傷なわけもなく、トラック到着後に【大和】は日本に帰って修理を受けることになりました。
トラック到着で戊一号輸送は完遂します。
続いて【谷風】は戊三号輸送部隊に加わります。
戊三号輸送はトラックからカビエンへ向かう輸送で、被害を減らすために二手に分かれました。
【谷風】は【熊野】【鈴谷】【満潮】とともに第一部隊に編入され、29日にトラックを出撃。
こちらの部隊は輸送を達成して昭和19年/1944年1月1日にトラックに戻ってこれたのですが、第二部隊の【大淀】達は空襲を受けて爆撃の嵐を潜り抜けて何とか帰ってきました。
被害は第二部隊以外にもありました。
カビエンからトラックに向かっていた【清澄丸】と【夕凪】が【米バラオ級潜水艦 バラオ】の雷撃を受け、【清澄丸】の艦首が浸水し航行不能となったのです。
艦尾の推進機や舵が水面から出てしまうほどの危険な状態で、自力航行ができない上に【夕凪】のような小さな駆逐艦では曳航することもできません。
なのでトラックにいた【那珂】と【谷風】が救助に向かうことになりました。
曳航は無事に実施され、【谷風】は途中で合流した【大淀、秋月】(空襲を受けてバラバラになった戊三号第二部隊の一部)とともにトラックに戻ることができました。
ただトラックが安全だという思い込みは、あと1ヶ月で覆されます。
どころかトラックの命そのものがあと1ヶ月でした。
2月16日、トラックが前代未聞の大空襲を受けて壊滅したです。
幸い【谷風】は12日にリンガへ向けてトラックを発っていたので被害はなかったのですが、日本は太平洋海域の一大拠点を喪失。
前年11月のラバウル空襲に続き、トラックの喪失は以後の艦船の活動に甚大な影響を与えました。
緊急事態は第十七駆逐隊にも及びました。
これまで駆逐隊は3~4隻で編成されるのが一般的だったのですが、3月31日に、4隻とも開戦当初から入れ替わりなくバリバリ働いてきた第十七駆逐隊に5隻目の駆逐艦が加わることになったのです。
その編入艦は【雪風】、言わずもがな帝国海軍が誇る幸運艦であり、そして第十七駆逐隊の面々に全く引けを取らない優秀艦です。
実は【雪風】が所属する第十六駆逐隊ですが、【初風】と【時津風】がすでにこの世におらず、また【天津風】も1月に魚雷を受けて船体の5割近くが切断、沈没という半死状態に陥っていたのです。
活動できる船が【雪風】ただ1隻となってしまったので、臨時措置として第十七駆逐隊に組み込まれたのです。
【谷風】乗員の記録では、「【雪風】は十六駆の僚艦を全部食い尽くした」と【雪風】の加入を快く思っていない者が少なからずいて、またそうでなくとも5隻の運用そのものに不安を感じていたようです。
輸送を数度行って、5月、【谷風】だけでなく多くの戦力がタウイタウイ泊地に集結していました。
絶対国防圏のサイパンに連合軍の触手が伸びてきたことで、日本は「あ号作戦」を発令させて連合軍との航空戦、艦隊決戦を仕掛けようとしていました。
そのために戦艦や空母といった大戦力が集まり、今度こそアメリカに目にもの見せると息巻いて訓練に励んでいたのです。
ところが「海軍乙事件」により大量の機密情報が流出したこともあって、「あ号作戦」はすでに連合軍の手の中にあるようなものでした(流出したことは知っていたのにほとんど作戦内容変えてない)。
さらにタウイタウイ周辺には潜水艦が暗躍しており、おかげで海戦の肝になる機動部隊は湾外へ出ることができず、訓練はかなり限定的なものにならざるを得ませんでした。
さらに日本の駆逐艦は潜水艦に対して相変わらず優位に立てず、潜水艦を発見できなくても発見できても返り討ちにされるというケースがざらでした。
実際にタウイタウイに到着してからも、6月6日にタウイタウイからバリクパパンへ向かう【水無月】、7日はその【水無月】捜索のために出撃した【早波】、8日は「渾作戦」部隊としてハルマヘラ島へ向かう部隊の中で【風雲】が雷撃を受けて沈んでいます。
敵潜水艦がやりたい放題していた中で、その3隻の駆逐艦の後を追うことになってしまったのが、【谷風】でした。
連日の被害でこれ以上の勝手は許さんと哨戒を厳に行っていたわけですが、それを嘲笑うかのように、すでに【水無月】と【早波】を亡き者にした【米ガトー級潜水艦 ハーダー】が駆逐艦を見つけて忍び寄ってきました。
この時【谷風】とともに哨戒を行っていたのは【磯風】【早霜】【島風】でしたが、【ハーダー】が狙いを定めたのは【谷風】でした。
恐れを知らぬのか経験からか、【ハーダー】は僅か900mの距離まで【谷風】に接近。
そして3つ目の首を取るために魚雷4本が放たれました。
魚雷は白い航跡を残してグングン【谷風】に迫ってきます。
1本目と4本目は【谷風】の前後を通り過ぎていきましたが、残りの2本はガッツリ【谷風】の左舷側を食い破ってしまいました。
艦中央部付近に魚雷が命中した瞬間、【谷風】は静寂を切り裂く大爆撃を起こして轟沈。
次の瞬間には【谷風】の残骸は海に沈み始め、さらに機雷などへの誘爆と思われる爆撃が続きました。
3隻に加えて湾内から【沖波】が救援に駆け付けて、【谷風】乗員の救助が急ぎ行われました。
この雷撃で114名の乗員が戦死し、第十七駆逐隊としても初めての喪失艦となります。
懸念されていた5隻運用の問題は、あろうことか【谷風】沈没という形で解決してしまったのです。